“そんなこと”はしたくないと言い、氷河を最も側で慰める権利が欲しいと言い、何事につけ消極的な自分が嫌だと言い、実はそれを求めていると言い、求めることが嫌だと言う瞬。
星矢には、訳がわからなかった。
瞬が何を迷っているのか、何を求めているのか、それがわからないことに、星矢は苛立たしささえ感じ始めていた。
「あのさ、おまえはつまり何がしたいんだよ? 言うだけならタダだし、言ってみろよ」
星矢の横で、紫龍もまた頷く。
「おまえが本当に望んでいることは、何だ。おまえは、本当に氷河にレイプしてほしいなんて望んでいるわけじゃないだろう」

「僕は……」
星矢を見、紫龍を見、最後に瞬は氷河を見た。
星矢は少し怒ったように口をへの字に曲げ、紫龍は穏やかな眼差しで瞬を見おろし、氷河は――氷河は、瞬が何を言っても 何を求めても許してくれそうな、そんな目をしていた。
おそらく彼は、瞬は我儘を言っても図々しいと思わずにいてくれるだろう。
自分からは何も言わずに卑怯者でいることも、彼は許してくれそうだった。
だが、だからこそ、瞬はもう卑怯者ではいたくなかったのである。

自分から何も求めずにいれば、安全に生きていけると思っていた。
自分から何らかの行動を起こさなければ、敵を作ることはなく、誰かに憎まれることもない。
あらゆることに受け身でいることが最も利口な生き方なのだと わざわざ意識するまでもなく、瞬はそういう生き方を実践してきた。
そして、本当は、ずっと以前から、瞬は、そんなふうな自分を卑怯な人間だと感じてもいたのである。
氷河の前で卑怯な人間ではいたくない。
そうならないために必要なものは、ほんの少しばかりの勇気なのだということも、瞬はわかっていた。

何を、自分が望んでいるのかを、瞬は目を閉じて自身に問うてみたのである。
自分がしたかったこと、欲しかったもの――それは、考えようによっては、ひどく ささやかなものだった。
「僕は……ほんとは、僕が先に、氷河に好きだって言いたかった……」
「そうか」
「なのに 僕が言えないでいるうちに、氷河に先に言われて――僕はあの時、また出遅れたって思った」
瞬は、その時のことを思い出したのか、一度きつく唇を引き結んだ。
あの場面を全く違ったふうに理解していた氷河としては、自分こそが唇を噛みしめたかったのだが。

「氷河に好きって言われたあとも、僕の方がずっとずっと氷河を好きでいるんだって言いたくて仕方がなかった。『好き』の先にあるものが何なのかもわかってた。氷河は多分、それを……あの、期待してることもわかってた。僕と同じように――」
「……」
「氷河の前で、もう卑怯者でいたくなかった。でも、早く早く僕の方から言わなくちゃって焦るほどに、何て言えばいいのかわからなくなって……」

「まあ、普通は言いにくいわな。オトコに××してくれなんて」
あまり上品とは言い難い茶々を入れた星矢の頭を、紫龍が右の拳で叩く。
それが星矢らしい星矢なりのフォローだとわかっていたので、瞬はやっと小さく微笑することができた。

「僕は、氷河を好きになったことで自分が変わってしまうことが恐かったんだと思う。でも、きっとそれは――」
「きっとそれは悪いことじゃないさ」
氷河に軽い口調で言い切られ、瞬は、自分の身体を地に縛りつけていた重い鎖がふっと消えてしまったような気がしたのである。
その次に自分が言うべき言葉が何なのか、瞬にはもうわかっていた。






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