「いつまで経っても兄離れできない奴だと思っていたが、瞬の奴、おまえにそういう弱みを握られていたのか」 「瞬に言うことを聞かせようと思ったら、おしめの話を持ち出すことだ」 「おしめ?」 数センチだけ開かれたドアの向こうから洩れ聞こえてきた思いがけない単語に、星矢は瞳を見開くことになった。 横目に瞬の様子を窺うと、瞬は真っ赤に上気させた顔を俯かせて唇を噛みしめている。 瞬はどうやら室内に入っていくことをためらっているらしく――星矢と紫龍は、瞬の躊躇に付き合って、ドアの隙間から氷河と一輝のやりとりを盗み聞くことになってしまったのだった。 「しかし、あの瞬が、まさか男とくっつくとは思ってもいなかったぞ。まあ、女とくっつく瞬というのも想像を絶してはいたが」 「やはり、兄としてはあれか。まともに女とくっついて、瞬に似た 甥なり姪なりのおしめを替えてやりたかったのか」 「それを期待していなかったといえば嘘になるが」 ここで、氷河を責めないところが、いつもの一輝ではない。 星矢はその点を瞬に指摘してやろうとしたのだが、未だに先ほどの赤面が収まっていない瞬に 声をかけることがはばかられ、彼は思い直して口をつぐんだ。 「残念ながら、それは無理だ。なにしろ瞬は、マグロみたいに寝転がっているだけで自分は何もしなくても気持ちよくしてもらえる状況に慣れきってしまっているからな。あの瞬を満足させられるのは、俺以外では熟練のプロの女しかいないだろう。普通の女相手じゃ、瞬はおそらく、自分が何をすればいいのかもわからないに違いない」 「ふっ。よく仕込んだものだな」 「瞬を気持ちよくするために、俺は日夜 身を粉にして励んでいるんだ。我ながら健気だと思うぞ。瞬の気分や機嫌や体調を見極めて、瞬がどういう状態でいる時にどこをどう攻めればいいのか、日夜研究を重ねてきたんだ。滅多に外さないレベルにまでは到達できたが、瞬はいつも同じ瞬でいるわけじゃないからな。あれはおそらく永遠の試行錯誤と挑戦だ」 これは、どう考えても本来の一輝と氷河が交わす会話ではない。 誰が考えても、一輝と氷河が穏やかに話していていい話題ではなかった。 「子供の頃は、耳の後ろが弱点だったが。泣いていても怒っていても、耳の後ろをくすぐってやると、どういうわけか すぐにけろっと機嫌を直す。言うことをきかない時や意地を張っている時に、耳の後ろを攻めるのも有効だ」 「それは今もだ」 「今もか!」 一輝は、室内にひとしきり笑い声を響かせてから、 「瞬の永遠の弱点だな。敵に知られないようにしなくては」 と言って、また笑った。 瞬の兄と恋人は、和やかに語り合っている。 以前の二人の不仲を考えれば、まず考えられないほどに、二人の周囲の空気はなごやかだった。 「あとは、やはり喉だな。喉が弱い」 「喉? それは初耳だ」 「普通に喉を撫でてやるだけでも、瞬はすぐに目を潤ませて喘ぎ出すんだが、インサートして身体が反り始めた頃に喉を舐めてやると、途端に全身を緊張させて、ありえない強さで俺を締めつけてくるんだ。知らずに初めてやらかした時には、本気で千切られるかと思ったぞ」 「へぇ」 「ほぅ」 ドアのこちら側で、星矢と紫龍が感嘆の声を洩らす。 瞬は、頬だけでなく耳までを真っ赤に染めて、唇を噛みしめていた。 今すぐにでも室内に乱入していき、兄と氷河の会話をやめさせたいのだが、身体が震えてそうすることができないらしい。 瞬が動かないのでは、第三者である星矢と紫龍にはなおさら行動を起こすことはできず――結果、二人は、一輝と氷河の歓談の盗み聞きを続けることになってしまったのである。 |