瞬がなんとか口をきけるようになったのは、それから10分以上が経ってからのことだった。
その間も、もちろん一輝と氷河は、主に瞬の下ネタで盛り上がっていた。
「ど……どういうことっ! どうして、兄さんと氷河があんな下品な話をしてるのっ !? 」

「いや、話が下品なのではなく、それを第三者に話すことが下品なんだろう」
紫龍が妙に冷静に瞬の発言に訂正を入れ、
「しっかし、氷河にあんな話されても眉ひとつ動かさない一輝ってのが、信じられねー」
星矢は星矢で微妙にずれたことに感心してみせる。
「氷河は、あんな内々の話を、瞬の肉親とはいえ一輝に話すべきではないと思うし、一輝は、そんな話をされたら、瞬の兄として立腹すべきだと思うが――まあ、あの二人は“仲良し”だからな」
紫龍の皮肉な口調に、瞬は再度その唇を噛むことになってしまったのである。

紫龍が言う通り、二人に“仲良く”なってほしいと望んだのは、他の誰でもない瞬自身だった。
だが、いくら“仲良し”同士でも、していいことと悪いことがあってしかるべきではないか。
氷河の発言は、彼を信じて彼の前にすべてを さらけだした人間の信頼を裏切ることであり、氷河のそんな話を笑って聞いている兄もまた、瞬にしてみれば氷河と同罪だった。

「兄さんも氷河もひどい……」
信じていた二人の裏切り行為に衝撃を受け、つい涙ぐんでしまった瞬に、星矢が容赦のない言葉を投げつけてくる。
「でもさ、あの二人の共通項って、おまえしかないんだし、おまえの話で盛り上がるのは当然だろ」
「あんなことで盛り上がってなんかほしくありませんっ!」
言うなり瞬は決然と、兄と氷河が下世話な会話を展開している部屋に飛び込んでいった。
「兄さん、氷河、なんて話してるんですかっ!」

まなじりを決して、瞬は、これ以上ないほどの憤怒の表情をたたえ、兄たちの間に乱入していった。
――のだが、瞬の兄と氷河は突然の闖入者に驚いた素振りひとつ見せなかった。
それどころか彼等は、話題の人物の登場を、にこやかに歓迎する態度を示しさえしたのである。
「おお、瞬。ちょうど今、氷河におまえに関する興味深い話を聞いていたところだ」
「瞬、おまえ、赤ん坊の頃、男の子用のおしめが嫌いで、ピンクの花模様のおしめじゃないと むずかって、ずっと女の子用を使ってたんだって?」

氷河のその言葉に、瞬が大きく瞳を見開き、息を呑む。
それから瞬は、泣きそうな声で兄にすがることになった。
「兄さん……やっぱり、兄さん喋っちゃったんだね……!」
半泣き状態の瞬に、一輝は悪びれもせずに頷いてみせた。
「そりゃあ、おまえと氷河の間で隠しごとはいかんだろう、隠しごとは」

氷河は氷河で、自分がまずいことを聞いてしまったとは毫にも思っていないらしい。
彼は、瞬に思い切り明るい笑顔を瞬に向けて、
「可愛いじゃないか。ピンクの女の子用」
と言ってのけたのである。

その瞬間、恥ずかしさと怒りのあまり、瞬の目の前は真紅に染まった。






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