その国のお城には、高い塔がありました。 塔には、王子様がひとり閉じ込められています。 閉じ込められている王子様は この国の王様の弟君なのですが、別に兄弟間の王位争いなどのせいでそんなことになったわけではありません。 王子様の兄君は、むしろ弟君を溺愛していました。 そうではなくて――実は、塔に閉じ込められた王子様には、ある呪いがかけられていたのです。 その呪いから可愛い弟を守るため、兄君である国王様は、泣く泣く王子様を高い塔の部屋に閉じ込めているのでした。 王子様にかけられた呪い。 それは、『恋をすると必ず不幸になる』という呪いでした。 なんて残酷な、なんて恐ろしい呪いでしょう。 王子様がそんな呪いをかけられた もともとの原因は、王子様が生まれた時から大層可愛らしい顔立ちをしていたことにありました。 王子様がこの世に生まれてきたその日の朝、二番目に授かった赤ちゃんがあまりに可愛らしかったので、前国王だった父君は、思わず、 「こんなに可愛らしい赤ん坊は見たことがない。この子はいずれ、美の女神よりも美しくなるに違いない!」 と叫んでしまったのです。 この時、王子様の父君はたくさんの間違いを犯しました。 そのうちのひとつは、もちろん、赤ちゃんを神と比べたことです。 実際には美の女神の姿を見たこともなかったというのに、軽率にもほどがあります。 『(美しく)なるに違いない』という断定口調もいただけません。 せめて、『なるかもしれない』と言っていたなら、美の女神も、父君の親馬鹿を鼻で笑う程度で済ませてくれていたかもしれないのに。 模範解答は『美の女神のように美しくなれたらいいのに』あたりでしょうか。 これならば、美の女神への称賛が前提にある言葉ですし、赤ちゃんが美の女神と並ぶほどに美しく育つ可能性をさりげなくほのめかした謙虚な自慢レベルの発言として、美の女神も大目に見てくれていたかもしれません。 案外、気を良くして、生まれたばかりの赤ちゃんに、祝福の一つも授けてくれていたかもしれません。 ですが、現実には、王子様は、父君の失言のせいで、祝福の代わりに呪いの言葉をもらうことになってしまったのでした。 王子様の父君は、その他にも間違いを犯しました。 何といっても、「こんな可愛らしい赤ん坊は見たことがない」という発言がいけません。 これは、王子様の父君がこれまでに見たことのあるどの赤ん坊よりも、自分の息子が可愛いと主張している言葉です。 父君がそれまでにいったい何人の赤ちゃんを見たことがあったのかは不明ですが、この言葉は、その赤ちゃんすべてと赤ちゃんのすべての近親者の気分を害する言葉だったでしょう。 身近なところでは、王子様の兄君。 父君のその発言は、王子様の兄君に「おまえは弟ほど可愛くない」と言っているも同然の言葉です。 親のこういう無思慮な発言が、兄弟間に軋轢を生んだりするのです 人の親たるもの、自分の子供を褒める際にも叱る際にも、発言は慎重に言葉を選ばなければなりません。 そして、一国の王たるもの、国の民や臣下の気持ちを考慮した発言をしなければなりません。 公人としての立場を持つ者は、まず、人の目と耳のあるところでは、自分自身や身内を褒めることはしないのが無難でしょう。 どうしても褒めたかったら、決して他者と比較した褒め方はしないのが最低限の礼儀。 具体的に誰かと比較するつもりがなくても、その称賛の言葉が、その称賛の言葉を聞いた誰かの心に憤りや妬みの感情を生まないとは限らないのです。 幸い王子様の兄君は可愛らしい弟君を憎むことなく、国の民や臣下たちも王様の軽率な発言に悪感情を抱くことはありませんでした。 なぜなら、その赤ちゃんは本当に小さな花のように可愛らしかったから。 父君である王様が、そんな軽率な発言をしても仕方ないだろうと思えるほどに、弟君は可愛らしい赤ちゃんだったのです。 それに、なにしろ王様が褒めたのは、生まれたばかりの赤ちゃんでしたからね。 生まれたばかりの赤ちゃんというものは皆、姿と同じように、その心もまた純真そのもの。 赤ちゃんに罪のないことは、誰もが知っていました。 言ってみれば、生まれたばかりの王子様の無邪気さが、国民や王子様の兄君が抱いていたかもしれない憎悪から、軽率な王様を救ったのです。 ところで、王子様の父君がそんな失言をしたのは、実は王様が、自分の二番目の赤ちゃんを女の子だと思っていたせいでした。 神に対して、自身の長子に対して、国のすべての赤ちゃんとその近親者に対して、傲慢と軽率の罪を犯した父君は、生まれたばかりの王子様に対しても、やはり過ちを犯したと言うことができるでしょう。 自分が実の父君に 王子ではなく姫君と思われていたなんて、そんなことを成長した王子様が知ったなら、それはそれでショックなのに違いありません。 美しさより雄々しさの方が重視されるような時代や土地柄だったなら、そんな勘違いをした父君を王子様が逆恨みする可能性だって皆無とはいえませんしね。 逆恨みとまではいかなくても「僕は赤ちゃんの頃から女の子みたいだったんだ」というコンプレックスの原因になる可能性は、大いにあるのです。 言葉というものは、それくらい重いものなのです。 何はともあれ、そんなこんなで、王子様は、美の女神によって残酷な呪いをかけられることになったのですが、実はこの時過ちを犯したのは、王子様の父君だけではありませんでした。 呪いをかけた当の美の女神も、実は、大変なミスを犯していたのです。 つまり――美の女神もまた、生まれたばかりの王子様を女の子だと思い込んでいたのです。 たからこそ、美の女神は王子様にそんな呪いをかけたのでした。 その当時、お姫様に限らず女の子は、幸せな恋をして幸せな結婚をすることがいちばんの幸せと、思われていましたからね。 現在では考えられないことですが、昔は“幸せ”の選択肢がとても限られていたのです。 |