さて、呪いをかけられた王子様は、恋をする心配のない幼い頃は、一般的な王子様と同じように、父君のお城でごく一般的に暮らしていました。
一般的な一国の王子として一般的な教育を受け、学問や剣術や楽器の演奏方法を身につけました。
残酷な呪いのせいで周囲の人々は王子様に同情的でしたから、人一倍 皆に愛され、慈しまれ、その結果、王子様はとても素直で優しい王子様に育ちました。
王子様は、幸福な幼年時代を過ごしたと言えるでしょう。

王子様が12歳になった時、王子様の父君が病で亡くなりました。
王子様の母君はそれより1年程前に亡くなっていたのですが、父君はまるで最愛の妻のあとを追うように、現世から去っていったのです。
王子様の父君は、本当は、美の女神より呪いをかけられた王子様より、自分のお妃様がいちばん美しいと思っていました。
実際にどうだったのかはわかりませんが、王様の目にはそう見えていました。
美しさという価値は、要するに、そんなふうに個々人の主観で判断されるもので、普遍性は有していないのです。
その極めて個人的な価値のために、王子様の人生は狂ってしまったのでした。

父君の崩御によって王位を継いだ兄君は、弟君を不幸にしないため、弟君が決して年頃の少女に出会うことのないよう、お城の庭に高い塔を建て、その最上階の部屋に弟君を閉じ込めました。
それが、父君の遺言だったのです。

それから数年。
王子様は、美の女神に匹敵するほどに美しい王子様に成長しました。
その清楚さと愛くるしさは、美の女神以上だったかもしれません。
(もちろん、この『美しい』という評価にも普遍的な意味はありません。『大多数の人はそう思うだろう』程度のことです。誰もがそう思うわけではありません)

歴史にIFは禁物ですが、もし王子様が美しくなかったら、失言した父君の死と共に、美の女神はその怒りを解き、呪いを無効にすべく努めてくれていたかもしれません。
ですが、不運にして王子様は、世の人々の大多数が美しいと感じる人間に成長してしまったのです。
何が人を不幸にするものかは、わからないものです。
呪いをかけられた王子様の名前は、瞬といいました。






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