イタケに到着した その日のうちに、ヒョウガは黄金聖闘士たち一人ずつ全員に、彼等の愚行を認識してもらうための説得を試みたのである。
脳裏からシュンの眼差しの印象を消せないままのヒョウガの説得には、確かに自信も威圧もなかったろうが、ヒョウガが説得に当たった者たち全員が一様に、
「シュンは私を愛してくれているんだ」
と言い張ったのは、ヒョウガの胸中に生まれかけていたもののせいではなかったろう。
やはり、どう考えても この事態は異常である。
他の黄金聖闘士たちはいざ知らず、自らの恩師にまでその言葉を告げられてしまっては、ヒョウガとしてもシュンに対して不審の念を抱かないわけにはいかなくなった。

人が足を踏み入れることのない山の頂を白く飾る雪のような純潔を装って男たちを誘惑しまくる性悪か、それともこれは やはりアテナと対立する神々の陰謀なのかと疑いながら――心底ではそうでないことを祈りつつ――、ヒョウガはシュンを観察することになったのである。
が、ヒョウガが見たところ、シュンは人当たりのやわらかな、ごく普通の少年だった。
むしろ、事態をこれ以上混乱させることのないように、シュンは黄金聖闘士たちとの接触を極力避けているように見える。

怪しい振舞いはなく、意識して冷徹な目で見ても、蠱惑的こわくてきなところは全くない。
見詰めていると引き込まれそうになる 海のような深みをたたえた瞳は、魔の力を秘めてでもいるかのように魅惑的だったが、それとても複数の人間を誘惑するためにあるものには見えなかった。
シュンの瞳はただ一人の人を見詰めるためだけにある――と、ヒョウガは思った。
もっとも、イタケ島に上陸した日以来、ヒョウガはシュンの瞳と真正面から対峙することを避け続けていたのだが。






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