ところが、シュンの口数が少ないのはヒョウガに対してだけだった。 この城で最も美しい海を見ることのできるその場所に セイヤがやって来ると、シュンは自分から彼に声をかけていったのである。 「こんにちは」 「おっ、噂のヘレンじゃん。今度の標的はヒョウガか?」 シュンはセイヤの軽口に気を悪くした様子は見せず、逆に楽しそうな笑みを作った。 「シュンです。僕はヘレンのように美しくはないですし、男だし――。僕なんかよりヒョウガさんの方がずっとお綺麗ですね」 「俺、ヘレンとかいうおばさんは知らないけど、おまえもまあまあじゃん。あ、俺、セイヤ。セイヤでいいよ。ヒョウガもヒョウガさんじゃなく、ヒョウガな」 セイヤが勝手に、仲間の分も名を呼び捨てにすることをシュンに指図する。 異論はないのでヒョウガは黙っていたのだが、この控えめで物静かな少年に、たとえ本人に求められたからといって、仮でも下っ端でもアテナの聖闘士を呼び捨てにすることができるものだろうかと、ヒョウガが疑ったのも事実だった。 しかし、ヒョウガの懸念を裏切って、シュンは即座にセイヤの指示に従った。 「セイヤ」 仮でも下っ端でもアテナの聖闘士の名を呼び捨てにして、シュンがにこりと微笑む。 その撃てば響くような反応が、セイヤには快いものだったらしい。 「ふーん」 セイヤは、じろじろと不躾な視線をシュンの上に注ぎ、それから大きな溜め息を洩らした。 「確かに可愛いんだけどなー。でも、どうしてみんな、おまえにトチ狂うんだろーなー」 「僕は、あれはただの錯覚だと思うんだけど。『これはいい壺だ』って権威のある人が言ったから、みんながそれを信じ込んじゃったみたいな……。最初に言い出した人も、今頃 本心では慌ててるんじゃないかと思うんだ」 最初に壺の目利きをしたテーバイの王は、自分はシュンに愛されていると言い張っていた。 自分の発言の波及に慌てるどころか、サガには、自分が誰よりも早くその壺の価値を見い出したことを得意がっているふうさえあった。 その上、その自信はどこからくるものなのかと ヒョウガが訝るほどに、彼は自分がシュンに愛されていることに自信を持っていた――。 ヒョウガのそんな当惑と疑念を知りもしないセイヤが、明るく無責任に言い放つ。 「そんな傍迷惑な壺、割っておしまいにできたらいいんだけどなー」 セイヤの言い草に、ヒョウガは呆れてしまったのである。 セイヤはつまり、シュンを壊してしまえばいいと言っているのだ。 そんなことを言われても、シュンはにこにこ笑っていたが。 「セイヤはすぐに割っちゃいそうだね」 「気をつけろよ。俺、面倒なのが嫌いで、その上 かなり短気なんだ」 「セイヤは壺は割りそうだけど、壺と人間の区別くらいは、かろうじて つきそう」 「かろうじて……って、それ褒めてんのか?」 「もちろんだよ」 シュンが小気味いいほど ためらいなく首肯する。 セイヤは大きな声をあげて笑い出した。 |