「これはこれは噂のヘレン」
次にその場に登場したのは、アテナがヒョウガにつけてくれたもう一人の副官だった。
噂の人物と仲間がいることを知った上で この場にやってきたに違いないのに、いかにも奇遇というような顔をして、シリュウはシュンに近寄ってきた。

「あ、確か以前――」
シュンは言葉を交わしたこともないシリュウを見覚えていたらしい。
アテナの聖闘士たちは、最高位の黄金聖闘士はもちろんだが下位の者たちもまた、それぞれ不思議に目立つ者ばかりなので、そのこと自体はさほど奇妙なことではなかったのだが、それでもヒョウガは、シュンがシリュウを覚えていたことに少しばかり不快を感じた。

「君とは一度会っている。老師の供でクレタに行ったんだ。君を預かることになった老師とはクレタで別れて、俺は指揮官を欠いた船で聖域に帰還した」
「申し訳ありません」
「まあ、悪いのは君にとち狂っている黄金聖闘士たちの方だから」
「お一人での帰国を喜んでおいでのように見えましたが」
セイヤに対する時同様、シュンはシリュウに対しても寡黙ではなかった。
ただし、セイヤへの言葉使いとシリュウへの言葉使いは明白に異なっている。
シリュウは、しかし、シュンの言葉使いより、その言葉の内容の方に興味を引かれたようだった。

「――マケドニアの方で、きな臭い動きが出ているんでね。黄金聖闘士たちの中には、騒乱好きというか、てっとりばやく力で事態の収拾を図りたがっている者が数名いて――彼等が聖域に戻れば、主戦派の勢いが増して、戦が起きそうだったからな。しかし、兵がいても将がいないと戦は実現しないわけで……今は休戦状態だ」
「平和がいちばんですよね。僕も戦いは嫌いです。戦場がどこになっても、苦しむのは結局、戦う人たちの家族です」
「そういう君も、あちこちの国に恋の戦を仕掛けているようだが」
「そんな面倒を自分からしょいこんだりはしません」
「いっそマケドニアの王もここに連れてきて、君の魔力で骨抜きにしてほしいものだ」
「それは無理でしょう。マケドニアの王は少年趣味はないという話ですし、何人目かの奥方様を迎えたばかりと聞いています」
「サガもミロも女好きだったよ。ヒョウガもだが」

政治向きの話などできそうにないと思っていたシュンとシリュウのやりとりに、目をみはっていたヒョウガは、突然 下世話な話題を自分に振られて、渋い顔になった。
シュンの前でそんなことを言わなくてもいいではないか――と思う。
「ヒョウガさんは――」
一度セイヤの方に視線を投げてから、シュンは僅かに言いにくそうに『ヒョウガさん』を『ヒョウガ』に改めた。
「ヒョウガは、たった一人の人に情熱のすべてを注ぎ込む人のように見えます」

「……」
それはもしかしたら好意的な発言だったのかもしれないが、ヒョウガは、自分の人となりを知らないはずの人間に わかったような口をきかれたことに、少なからず不快感を覚えた。
その不快な気持ちの裏で、安堵のような気持ちも生まれてくる。

「なんでそんなふうに思うんだよ? ヒョウガの女遊びは そりゃあ派手で、まじで半端じゃなかったんだぜ。今はすっかり収まったけど」
「海をじっと見詰めてらしたから――なんとなく。海みたいなたった一人の人を探そうとして――見付けられなかった……のかな」
「……」
ヒョウガとシリュウとセイヤが、シュンのその言葉にそれぞれの感懐を抱き、その結果として黙り込む。
お喋りが過ぎたと思ったのか、シュンは三者三様のアテナの聖闘士たちの視線から逃れるように、その場から立ち去っていった。






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