「おまえ、イタコとか始めるつもりはないんだよな?」 星矢が一応確認を入れてくる。 瞬にその意思がないことはわかっていたので、仲間の答えを待たずに、星矢は彼が病院で仕入れてきた噂話の報告を そのまま続行した。 「ばーちゃんたちの話を聞いてきたんだけどさ、まじですげーぞ、瞬を探してる奴等。どっかの大会社の社長が、仲の悪かった親父が死ぬ前に隠した実印のありかを知りたいとか、結構 歳のいったおばちゃんが、生前散々自分をいじめ抜いてくれた姑がどっかに隠したはずの土地の権利書のありかを知りたいとか、そんな感じ。もし噂の霊能者の居場所を知ってたら、謝礼も用意してあるって伝えてくれって言ってたってさ。そういうこと平気で人に言える奴等って、自分がみっともないことしてるって意識が そもそもないんだろうなー」 ばーちゃんたちもすっかり呆れ果ててたぜ とぼやいて、星矢は遠慮なく顔を歪めた。 「宗教と戦争ほど儲かる商売はないと言うからな。教祖様にでもなれば、瞬はたちまち大金持ちになれる」 感動的な話の直後に 浅ましい話を聞かされて不愉快になったらしい紫龍が、皮肉な口調で言う。 瞬は即座に大きく幾度も首を横に振った。 そんな商売を始めるつもりは毛頭ない。 「ま、瞬を探してるのは そんな欲望丸出しの奴ばかりじゃなくて、ほとんどは、死んだ人ともう一度話ができたらいいなー とか言ってる程度の奴が多いみたいだったけど。ばーちゃんたちは、霊能者なんかに頼らなくても もうすぐ会いたい人には会えるからって笑ってんだよなー」 「おばあちゃんたちらしいね……」 特に見苦しく浅ましい人間は例外中の例外とするにしても、人間が亡くなった人にもう一度会いたいと願うのは、その人間が、まさに生きているからなのかもしれない。 そして、自身の人生を懸命に生き、十分に生きたと満足している人間は、そんなことは考えないものなのかもしれない。 瞬は少しばかり複雑な気持ちになり、その気持ちをうまく言葉にできなかったために、思考がとりとめなく拡散するような感覚を覚えることになった。 「瞬」 それまで無言で瞬と星矢の話を聞いていた氷河が、初めて口を開く。 瞬は、その声ではっと我にかえった。 「あ、大丈夫だよ。これ以上やっちゃいけないことはわかってる。しばらく、あの病院には近付かないことにするよ」 瞬は氷河にそう告げ、そして彼に笑ってみせた。 だが、瞬は、その時――氷河の青い瞳に出会った時――なぜか急に、それまで うまく言葉にできずにいた自分の気持ちがどういうものであったのかに気付いたのである。 今日 星矢の話を聞くまで、瞬はそんなことを考えたこともなかった。 冥界で戦っていた時にも、老婦人の願いを叶えるために冥界に赴いた時にも考えなかった、その願い――。 その願い――事実――に、瞬は、氷河の青い瞳に出合うことによって気付いてしまったのだった。 その気になれば、自分は死んでしまった人たちに会えるのだ――という事実に。 自らの正義を正しく見据えていたがために死を余儀なくされた恩師、闘いたくなかったのに闘ってしまった 敵や味方であった者たち――。 彼等に会って詫びることをしたい。せめて、自分が何を信じ、何のために戦ったのかを彼等に伝えたい。 瞬は、そういう願いと迷いに囚われてしまったのである。 そんな瞬を、氷河は無言で見詰めていた。 |