「氷河、おはよう」 いつも通りの時刻にダイニングルームに姿を現した氷河に、瞬が朝の挨拶をする。 いつもの通りに、氷河は瞬に無言で頷いてきた。 言葉を用いた答えは返してこないが、自分に声をかけてくれた者を無視するわけではなく、その表情には 微かにではあるが笑みめいた温もりもある。 だから瞬は、毎朝の氷河のそんな反応を“冷たい”と感じたことはなかった。 「ったく、気が早すぎるんだよ! ガキ共、もう星の子学園を出たんだと!」 氷河がテーブルに着きコーヒーを飲み始めたところに、星矢が大声をあげながら飛び込んでくる。 今日は、城戸邸の地下にある室内プールに、星の子学園の子供たちが泳ぎにやってくることになっていた。 なんでも数日前、国土交通省からの指示で点検をした際、彼等が毎日のように利用していた区営プールで不都合が見付かり、その対応のために問題のプールは無期限使用停止の運びになったのだそうだった。 そこに この連日の暑さである。 子供たちの不平不満は寒暖計の目盛りと共に上昇し、そろそろ沸点に達しようとしていた。 事情を伝え聞いた沙織が昨夜、城戸邸内のプールを彼等に提供することを申し出、その提案は歓声をもって子供たちに迎え入れられたのである。 「今朝も7時にはもう30度を超えてたもの。何日も泳げずにいたみたいだし、夕べから楽しみにしてたんでしょ」 妙に乗りのいい紫龍は、城戸邸に出向いてくる子供たちに出すおやつと昼食の仕込みのために、早朝から厨房で奮戦していた。 子供たちは20人はやってくるらしい。 「気持ちはわかるけど、人様んちに遊びに来るのに、スイカとメロン準備しとけだの、昼飯は五目焼きそばがいいだの、図々しすぎんだよ、あいつら。今、紫龍に確認してきたんだけど、この城戸邸には高級メロンはごろごろしてっけど、スイカなんて庶民の食い物は一つもないんだとさ」 「あ、じゃあ、食後の運動がてら僕が買ってきてあげるよ。何個あればいいの?」 「あいつら大食らいだから3つ4つはいるだろ。俺がひとっ走り行って買ってくる。おまえには無理だよ」 図々しいの何のと口では文句を言いながら、星矢は結局、その図々しい子供たちの願いを叶えてやるつもりでいるのだ。 瞬は含み笑いを洩らしながら、右の手をひらひらと振った。 「星矢はここでみんなの来るのを待ってた方がいいでしょ。だいいち僕には無理ってどういうこと? 僕、力持ちだし、スイカの3つや4つ、なんてことないよ?」 「おまえが力持ちかどうかなんて、そんなことは この際問題じゃないんだよ。おまえがデカい荷物や重い荷物抱えて歩いてると、周りがハラハラすんの」 「はらはらさせとけばいいでしょう。僕は聖闘士なんだから。星矢の3人や4人だって一度に運べるよ」 そう言って、瞬は、図々しい後輩たちの良き先輩たらんとしている星矢のために、掛けていた椅子から立ち上がった。 |