つまらないことよりも楽しいことの方を優先させることができるのが、天馬座の聖闘士の最高最大の奥義である。
花火に火がつくと、星矢はすぐに機嫌を直し、子供のように花火に興じ始めた。
星矢と一緒にわーわーきゃーきゃーと歓声をあげて花火を楽しむのが瞬の役、燃え尽きた花火の後始末が紫龍の仕事で、氷河は専ら見物人の役である。
もっとも、この見物人は、本当に花火を楽しんでいるのかどうか、その(無)表情からは今ひとつうかがい知ることができなかったのであるが。

「瞬、見ろよ。花火で字が書けるー」
星矢の花火の楽しみ方は、その手順がほぼ決まっていた。
とにかくまず景気のよい打ち上げ花火を空に打ち上げ、次に手持ち花火を振り回し、最後の線香花火の頃には既に興味をなくしているのだ。
第一段階の打ち上げ花火を打ち上げ尽くした星矢は、今度は手持ち花火に火をつけるなり、それを瞬に向かって振り回してきた。
花火の仕掛けが存外に凝った派手なものだったので、その花火の撒き散らす火花が瞬の上に降り注ぐことになる。

「わっ」
瞬は驚いて、その場から飛びすさった。
もっとも瞬がそうする前に、氷河が、苦労して身につけたはずの冷却技で星矢が手にしていた花火の火を消してしまっていたのだが。
「何すんだよっ!」
星矢の怒声に、氷河が抑揚のない声で、
「危ないだろう」
と答える。
星矢はむっとした顔で、氷雪の聖闘士に噛みついていった。
「瞬ならよけれるだろ!」
「そういう問題じゃない」
相変わらず感情らしいものの感じられない声で氷河にたしなめられ、星矢はむすっと口をへの字に引き結んでしまったのである。

紫龍がバケツの側を離れて、機嫌を損ねている仲間の脇にやってくる。
「今のは おまえの方が悪いぞ、星矢」
仲間二人に責められて、星矢はすっかり臍を曲げてしまったようだった。
「わかってるけどさ! 氷河がもっとこう、いかにも腹立ててるみたいに怒鳴りつけてでもくれれば、俺だって素直に反省する気になるのにさ。俺、なーんか上から見下ろされてる感じで、最近の氷河の澄まし顔が気に入らねーんだよ!」

星矢は声の大きさの加減ができない。
氷河が気を悪くしないかと ひやひやしながら、瞬は氷河に礼を告げた。
「氷河、ありがとう。あの……星矢の言うことは気にしないで。ありがとう」
氷河は相変わらず無言である。
しかし、彼は、瞬の礼には浅く頷いた。
氷河は決して何事に対しても無反応というわけではないのだ。
無感動でもなければ、仲間たちを無視しているわけでもない。
それでも瞬は――瞬も――、星矢ほどではないにしろ、彼の態度に“何か妙な感じ”を感じてはいた。






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