「ところで おまえ、瞬に好きだと言ったのか」
何とか気を取り直した紫龍が、今更ながらではあるが、超基本的事項の確認を行なう。
紫龍の推察通り、氷河は首を横に振った。

「いくら沈黙は金といったって、そこは省略不可の箇所だろう」
「瞬は迷惑なんじゃないかと――」
どうやら氷河は、喋らなくなった分、余計なことを考える男になってしまったらしい。
思慮深くなるのは結構なことである。
しかし、不言不実行では事態の進展は望めない。

「迷惑になるようなことをするつもりなのか」
紫龍に問われると、氷河はまた沈黙した。
もちろん、その沈黙は金ではない。
それが無意味かつ卑怯な沈黙であることは氷河も自覚できているらしく、彼はまもなく正直にその事実を告白した。
「俺は瞬を抱きたい」
「そりゃ、えらい迷惑だな。クールガイだと思っていた男が、実はただのむっつり助平だったわけだ」
「――そういうことだ」

氷河が仲間の皮肉や嫌味への反駁をせずに受け流してしまうので、彼の無口が時に本物のクールに見えてしまうのは事実である。
が、生死を賭けた戦いを共にしてきた彼の仲間は、そんな似非クールに騙されることはなかった。
氷河は、彼自身が言っていた通り、クールとは対極の場に立つ男なのだ。
「しかし、打ち明けないことには何も始まらないぞ。無口に待っていれば、瞬の方から抱いてくれと迫ってきてくれるわけじゃなし」
「……」
それは氷河とてわかっていた。
わかってはいたのだが、瞬の気持ちを考えると、彼はどうしても図々しい男にも強引な男にもなってしまえなかったのだ。

「とりあえず、星矢に謝ってくる」
「氷河、おまえ逃げる気か? おまえのクールの真似は傍迷惑だが、おまえは星矢に謝るようなことは――」
「してねーだろ。悪いのは俺の方だぜ」
紫龍の言葉の先を継いだのは星矢だった。
彼は、だが、氷河たちの話を盗み聞いていたわけではない。
氷河の部屋のドアは廊下に向かって開け放たれていたし、星矢は扉の陰に姿を隠すようなこともしていなかったのだ。

「な、瞬」
物陰に姿を隠していたのは、瞬だけだった。
星矢に名を呼ばれて、ぐずるように扉の陰から姿を現した瞬の頬は真っ赤に染まっていた。






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