「そんな怒んなよー。みんな悪気はないんだからさぁ」
「それがわかってるから、教室ではおとなしくしてたでしょ!」
最も悪気でいっぱいなのが星矢だということは、瞬も承知していた。
だからこそ教室では冷静を装っていた瞬も、彼の前では不機嫌を隠さずにいるのだ。
怒りで頬をふくらませた表情も、瞬は少女めいている。
世間一般で言うところの“女らしさ”を、瞬はその身に備えてはいなかったのだが、それでもその姿が少女に見えるのは、瞬の瞳が性的に未分化の子供のように大きいせいだと、星矢は思っていた。
そして、その瞳が、子供のそれのように澄んでおらず、歳には不相応の思慮によって澄んでいることが、瞬を常の人間のように見せない。

瞬は、大衆に埋没してしまわない特異な雰囲気を、派手にではなく控えめに、その身にまとっていて、いつも程よく心身を緊張させている。
全く違うタイプの瞬と自分が長く付き合えているのは、いかにも“男らしい”姿をしてはいても だらけた男には到底持ち得ない瞬の緊張感が 自分には快く感じられるからなのだろうと、星矢は思っていた。

瞬の転校初日の昼休み、機嫌の悪い幼馴染みをなだめながら、昼食を済ませた星矢が向かったのは、彼等が籍を置く学園の高等部校舎の中庭だった。
「昼休みにここで落ち合おうって、紫龍と約束しといたんだ」
コの字型の校舎に囲まれた中庭は、そのほとんどが手入れの行き届いた芝生で覆われていた。
主に 生徒たちの集会の場、レクリエーションの場として使われているらしく、昼食持参の生徒たちのグループがあちこちにできている。
その東側の端にあるベンチに、瞬のもう一人の幼馴染みの姿があった。

「紫龍!」
その名を呼んで瞬が側に駆け寄ると、手にしていた携帯電話をブレザーのポケットに放り込んでベンチから立ち上がったその名前の主は、新しい学友ににこやかな笑みを向けてきた。
「星矢と同じクラスになれたそうだな。早くも噂の的だぞ。高等部のサイトの掲示板におまえのトピックスが3つも立っている」
その噂がどういう噂なのか、紫龍の言及した掲示板にどんな内容の記事が書き込まれているのかを知りたくなかった瞬は、あえて その件についてのコメントを避けた。
「うん。ここの駅の、学校とは反対側にあるマンションに兄さんと引っ越してきたんだ」
「そうか。よかったな」
「ありがとう。あの……」

それまで紫龍が腰をおろしていたベンチには、瞬の知らないもう一人の生徒の姿があった。
彼に一瞬間だけ視線を投げることで、瞬は紫龍に彼の紹介を求めたのである。
彼は珍しい見世物を見るような不躾な眼差しを、瞬の上に注いでいた。
見られる側の立場になかったら自分こそがまじまじと見詰め返したいと 瞬が思うほど、派手な様子をした生徒。
彼は、染めたものではない金髪と青い瞳の持ち主だった。

瞬に数歩遅れてその場にやってきた星矢が、見知らぬ人間の凝視に戸惑っている瞬と、無言かつ無愛想な顔の金髪の男とを見比べて 溜め息をひとつつき、紫龍に代わって紹介の労をとる。
「あ、こいつ、氷河ってんだ。紫龍とおんなじ3年で、俺と紫龍はこいつとは中等部からの付き合い。つっても、俺は2学年下だから、去年一昨年と校舎は別だったけど。こんな髪と目してても日本人だから。氷河、こいつ、瞬な」

「よろしくお願いします。僕、瞬です。星矢と紫龍とは10年以上の付き合いになる幼馴染みで――今日からこの学校に転校してきました」
瞬が名を名乗ると、『氷河』と紹介された上級生は初めて、ほとんど独り言のように言葉を発した。
「ピンク……」
「え……?」

『こんにちは』も『よろしく』もない。
瞬の耳には色の名としか思えない音の羅列を呟くと、彼はそれきり黙り込んでしまった。
まだ完全な沈黙で迎えられた方が、瞬も戸惑わずに済んだだろう。
グレイのYシャツに濃紺のネクタイ。瞬が着ているものは、氷河や星矢と同じ この学校の制服で、ピンク色のものなど、瞬は何一つ身につけていなかったのだ。






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