瞬が籍を置くことになった学園は、生徒会が――つまりは紫龍が――予算をとって管理運営しているウェブサイトがあって、各種情報伝達の速度が異様に速かった。
生徒間での噂話など、サイトにある掲示板を通して あっという間に全校に広まってしまう。
サイトを通して、瞬と氷河と星矢と紫龍がつるみ始めたということは すぐに周知の事実となったが、逆にそこから多くの情報を仕入れることで、瞬もたやすく学内に溶け込んでいくことができたのである。

氷河の無愛想にも徐々に慣れていった。
氷河が、この容姿で愛想がよかったら、マザコンだという事実を差し引いても、女生徒にもてまくって多くの同性から恨みを買うことになるだろう。
氷河が“マザコンである自分”を喧伝しているのは、彼が自分の学園生活を平穏に過ごすための方便なのかもしれないと、瞬は思うようになっていったのである。
彼が重度のマザコンであることは、疑念を挟む余地のない厳然たる事実ではあったが。

「氷河のお母さんて、そんなに綺麗なの。写真とか持ち歩いてる?」
「こいつ、ケータイの待ち受けもマーマなんだぜー」
「ほんと? 見せて」
「……」
瞬にねだられると、氷河は、決して嬉しそうにではなかったが、それでも渋ることなく、すぐに求められたものを瞬に提供してくれた。

そこには、氷河と同じ金色の髪と青い瞳を持った若い女性の微笑があった。
彼女の視線の先には彼女の愛する息子の姿があるのだと 即座に確信できる優しい眼差しに、瞬は軽い衝撃を覚えたのである。
瞬が書籍や絵画でしか触れたことのない母性の具現が、そこにはあったのだ。
「氷河に似てる……綺麗で優しそうな人……」
うっとりと見惚れていたはずのものが、揺らぎぼやけてくる。
「ほんとに優しそう。いいな……」

瞬の瞳が潤んでいることに最初に気付いたのは氷河だった。
だが彼は、瞬の憧憬するものを有している人間として、瞬に与えられる言葉を持っていなかった。
「瞬、それって、氷河が綺麗で優しいってことかー?」
そんな氷河の代わりに星矢が、半ばおどけた声音で瞬をからかい、瞬はその問いかけのおかげで、俯きかけていた顔を上げることができたのである。

「そうなんでしょ? でなかったら、星矢や紫龍が氷河の友だちしてるはずないし」
「優しいかなー。こいつ、女には冷たいぞ」
「冷たいというのとは、ちょっと違うだろう。氷河は愛想がなくて変人なだけだ」
紫龍のフォローは全くフォローになっていない。
氷河のフォローなど考えてもいない星矢に至っては、更に氷河の立場を悪くすることしか語ろうとはしなかった。

「中学1年のゴールデンウィークに入るちょっと前にさ、氷河の奴、違うクラスの女に付き合ってくれって言われたんだよ。そしたら、こいつ、真顔で『マーマに聞いてみる』って答えて、その女だけじゃなく、学校中の女に引かれまくってやんの。んなこと言わなきゃいいのに、ばっかだよなー」
けらけらと笑いながら、見てきたように星矢は言うが、その時彼はまだ小学生だったはずである。
つまり、その際の氷河の言動は、稀有な事件として、ほとんど伝説化してしまっているということなのだろう。

しかし、瞬には、そんなことくらいで“引いて”しまう女生徒たちの気持ちの方が、理解に苦しむものだったのである。
『君には興味がない』と言われることに比べれば、それはずっと優しい断りの言葉ではないか。
「そういうの、素敵なのにねえ」

「おまえの感覚も大概フツーじゃないよな」
一緒に笑ってくれない友人に少し不満そうに口をとがらせて、星矢は両の肩をすくめた。






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