「星矢……。氷河ってマザコンなんだよね?」
「ああ」
「マーマがいちばん大事で、女の子には興味がない」
「その気になりゃよりどりみどりだろうけど、女はなー。ほら、女はみんな商売敵って言うじゃん。あいつも、あえてマーマの商売敵を求めたりはしないんじゃねーの?」

だから、マーマの商売敵になり得ないオトコに食指を動かしたのだ――とは、いくらなんでも考え難い。
昨日の氷河の言動に混乱しつつ、それでも、瞬は、翌日には登校するだけの気力が回復していた。
回復の原因は、どう考えても、氷河のナデシコの君が自分の見知らぬ少女ではなかったこと――である。
そんなことはありえないと思いはするのだが、それが事実なのだから仕方がない。
さすがに、昨日の今日で氷河と顔を合わせる勇気は、瞬には持ち得ないものだったが。

「あ、でも、あいつ、最近挙動不審なんだよな」
「挙動不審?」
「うん。朝から ぼーっと空見てたり、授業が始まっても心ここにあらずで花壇の花とか眺めてたりするんだとさ。紫龍が、これが氷河でなかったら即座に恋の病と診断するとこなんだけど――みたいなこと言ってた」

「こ……恋の病……?」
星矢の言葉に、瞬の心臓は撥ねあがった。
しかし、瞬は、その程度のことで取り乱してなどいられなかったのである。
昼食をとるために ほとんどの生徒が出払ってしまった教室で、星矢が窺うような視線を瞬に向けてくる。

「で、俺は、氷河だけじゃなく、おまえも挙動不審だって思うわけよ。急に氷河と顔を合わせたくないなんて言い出すわりに、氷河のことばっかり気にしててさ。昨日、氷河と何かあったのか?」
「べ……別に」
いくら親友の星矢でも言えるわけがないではないか。
マザコンで勇名(?)を馳せている男にピンクの花束をプレゼントされ、あげく唇を奪われたなどという冗談としか思えないような事実を。

星矢の追求は、しかし容赦がなかった。
「おまえ、今朝から絶対変だって。おまえが女だったら、この星矢医師せんせいが 即座に恋の病だって診断をくだしてやってるところだ」
「ぼ……僕は、そ……そんなんじゃ……」
瞬は心臓だけでなく声までが ひっくり返ってしまっていた。
氷河はともかく自分はそんなものではないと、瞬は思っていたのである。
いくら気になる相手とはいえ、氷河は知り合って間もない、しかも同性ではないか。

「わざとらしくどもってないで、正直に吐け! 氷河と何があったんだ!」
「だ……だから、別に何も――」
「おまえが女って言われて投げ技かけてこないなんて、絶対おかしいんだよ! さっさと吐け!」
星矢は医師よりも、むしろ審問官か刑事に向いている。
そして、瞬は、たとえ自分の不利になることがわかっていても黙秘権を行使し続けることができるような人間ではなかった。






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