「氷河にキスされたぁ〜っ !? 」
有能な審問官が いわゆる名探偵とは限らない。
瞬に“冗談のような事実”を告白された星矢は、彼の常識的推理の範疇を超えた その冗談振りに驚愕し、無人の教室に素頓狂な大声を響かせることになった。
挙動不審とは思っていたが、それがまさか色恋絡みの問題とは、彼は思ってもいなかったのである。
星矢は、氷河と瞬の母親というものへのこだわりが何らかのトラブルを引き起こしているのだとばかり思っていたのだ。

「ま……まあ、おまえは氷河のマザコンを容認してやった最初の女の子だし――って女じゃねーんだよなー……」
もはや瞬は、何を言われても星矢を投げ飛ばす気にもなれなかった。
「氷河のマザコンは女を遠ざけるための方便だとは思ってたけど、あの氷河がまさかオトコに興味があったなんて考えたこともなかったぜ」
ほとんどヤケで、自分が本当に少女であったなら、氷河のマザコンを好ましいと感じている自分と氷河の間には何の問題もないのに――とさえ、瞬は思っていた。

「おまえも、ずっと氷河のこと気にしてたもんな。マーマが目当てなのかと思ってたけど、ターゲットは氷河本人だったんだ」
「ターゲット――って、僕はそんな……」
「まさかほんとに恋の病だったとはな。でも、それで納得した。そっかぁ、おまえ、氷河に惚れてたのか。それであんなだったんだ」

納得されても困るのである。
瞬には、そんなつもりは全くなかった。
確かに、瞬自身、自分の気持ちの正体は何なのかと問われれば、他に適当な答えが思いつかないのは事実ではあったのだが。

「うん。でもまあ、そういうことなら、今日は無理に氷河に会わなくてもいいぜ。昨日の今日じゃ照れるもんな。紫龍には言っといてやる」
どう考えても星矢は、自分の二人の友人は両思いでいる――と、勝手に信じ込んでいる。
その誤解は早々に解くようにしなければならない、と瞬は思った。
だが、ともかく、『氷河には会わなくていい』と星矢に言ってもらえたことに、瞬はほっとしたのである。
星矢から事情を聞いた紫龍が、氷河に対してどういう行動に出るのか、その時の瞬は全く考え及んでいなかった。






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