オスの悲劇






破壊された門と守衛室は、城戸邸のセキュリティシステムの根幹を成すものだった。
城戸邸を来訪した者は、まずこの門を通る際に、守衛からIDナンバーを与えられ、そのナンバーを玄関及び各フロアの出入り口にある入退室記録装置に打ち込むことによって、所在を確認されるのである。

そのIDナンバーの発行と登録を行なう守衛室が破壊されてしまったのだ。
騒ぎが一段落すると、守衛は、携帯電話で警備管理会社に修理を依頼する電話をかける羽目になった。
もっとも彼は、こういった敵の襲撃には慣れていて、破壊され尽くした自分の職場を見ても、慌てた様子ひとつ見せず、その対応は実に的確かつ迅速なものだったが。

管理会社への連絡を終えてから、彼は、ほぼ瓦礫の山と化した守衛室とその周辺を、再度ゆっくりと見回した。
そして、いつものように敵を撃退したアテナの聖闘士たちに、
「今回の敵は大したことはなかったようですなー」
と、笑いながら言った。

「ええ。ちょっと数が多かったので、慌てましたけど」
この手の騒ぎが起こるたび面倒をかけている守衛に、済まなそうな顔と声で瞬が告げる。
そろそろ50に手が届こうとしている守衛は、逆に瞬をいたわるように左右に軽く首を振った。
「紫龍さんや星矢さんがお留守でしたしね」
「でも、氷河が庇ってくれたから」

大したことはないと言っても、50人ほどの敵の相手をたった2人で務めたのである。
敵の力が微弱であるということは、それだけ彼等が一般人に近い人間だということで、瞬は自分の力を相当抑えて、その撃退に当たらなければならなかった。
そんな瞬に対して、相手は死に物狂いである。
瞬は、倒した敵の力を幾度も見誤り、倒したはずの敵の反撃を受け、そのたび氷河に助けられていた。
そんな戦い方をしなければならないから、瞬はか弱い敵と闘うことが嫌いだった。
小宇宙を全開にして当たらなければならないような強大な敵と闘う方が、よほど気疲れを感じない――のだ。

ともあれ、今回も、損害は物だけで済み、人的被害は生じなかった。
瞬はその事実に満足することにして、傍らに立つ仲間の方へと視線を巡らせたのである。
「氷河、ありがとう」
「いや。怪我はないか」
「氷河が庇ってくれたから」
「ならよかった」
あまり愛想がいいとは言い難い仲間の声に、安堵のようなものを感じる。
瞬は守衛にぺこりと頭を下げて、戦場から立ち去ることにした。

「じゃあ、あとは頼みます。ほんとに いつもすみません」
「いやいや。これがないと、私の仕事は毎日ぼんやりと通り過ぎていく車と人を眺めているだけで終わってしまうから。刺激になっていいですよ」
城戸邸警護歴20年のベテラン守衛はそう言って、アテナの聖闘士たちに鷹揚に笑ってみせた。






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