氷河の答えは出ている。
そして、これは、“完璧な”答えのありえる問題ではない。
氷河の相談になり得ない相談が一段落ついた時だった。
午前中の恒例の仕事にしている 城戸邸内の花の活け変えと水変えの仕事を終えたらしい瞬が、仲間たちの集うラウンジに入ってきたのは。
いい花が手に入り、思う通りに飾ることができたのか、瞬はすこぶる上機嫌でにこにこしている。
にこにこしたまま、瞬は彼の仲間たちに尋ねてきた。

「氷河たち、なに話してるの」
「え? あ、いや……」
彼等のしていたことが瞬の下半身に関わる問題のディスカッションだからではなく、そして、瞬は彼等と同性であるにも関わらず、星矢たちは、自分たちが猥談をしていたという事実を瞬に告げることができなかった。
瞬の登場によって、瞬の仲間たちは、なぜか 成人男性向けの映画を鑑賞していたところに子供か女子が紛れ込んできたような気まずさを覚えることになったのである。

そう感じる自らを訝りながら、瞬の仲間たちは、ラウンジのドアの前に立つ瞬の姿を改めて眺めた。
瞬は、どう見ても、愛の手管によって多くの女性たちから夫を奪う淫乱で残酷な女神には見えない。
むしろ、本当に氷河とそういうことをしているのかと疑いたくなるほどに 子供の風情をしていた。
「ああ、氷河がおまえを好きだ好きだって言ってうるさいから、うんざりしてたとこ」
「え……」

その場しのぎに言った星矢の出まかせに、瞬が一瞬きょとんとした顔になる。
それから瞬は、氷河をちらりと見て、頬をほのかに ぽっと染めた。
星矢の大嘘への気の利いた受け答えも思いつかなかったらしい。
瞬がそわそわした素振りを見せる。
あげく、瞬は、
「や……やだな、もう」
と恥ずかしそうに言うと、ぱたぱたとその場から逃げていってしまったのだった。

「……」
星矢は、心底から気が抜けてしまったのである。
もしかしたらこの城戸邸には、氷河を悩ませる多淫な瞬と、純情一直線・お子様モード全開の瞬の二人が生息しているのではないかとさえ、星矢は思った。
そんなことがあるはずもないのに。

「あれのどこが男を虜にして狂わせる女神だって?」
星矢が呆れたように ぼやき、妄想癖もしくは虚言症の疑いが出てきた金髪の仲間を見やる。
仲間の前で、自分の証言とは真逆の言動を瞬に示されてしまった氷河は、だが、一言の弁解も説明もしようとはしなかった。
彼の表情は、むしろ一層苦いものへと変わっていったのである。

そんな氷河の様子を見た紫龍は、星矢とはまた違った考えを抱くことになった。
昼間の瞬がこんなだからこそ氷河の迷いは深いのかもしれないと、彼は考えたのである。
「まあ……瞬がヴードゥーの女神のようだということは、他人には言わない方がいいだろうな。確かめてみたいと思う不届き者が現れないとも限らんからな」

「……」
その助言は、氷河に新たな不安の種を運んできたらしい。
彼は沈黙し、更に目許を暗く翳らせた。






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