『このノートに名前を書かれた人間は恋に落ちる』 最初の1ページ目に そう記されたB6サイズのノートが氷河の顔めがけて飛んできたのは、彼が某カフェテラスのドアを開けた瞬間だった。 クリスマスカードを買いに行くという瞬に付き合って某々巨大雑貨店までやってきたのはいいが、ほんの数枚のカードを選ぶのに30分以上もグリーティングカード売り場を行ったり来たりしている瞬に呆れ疲れた氷河は、買い物を済ませたあとにいつも瞬が入るカフェテリアに先に一人で逃げ込んだのである。 とはいえ、氷河は、決してそういう状況を不愉快と思っていたわけではない。 彼は、世の奥様方の買い物に付き合わされる亭主族の気分を味わえることを――しかも、その相手が瞬なのだ!――むしろ楽しんでいた。 ゆえに、氷河がその店のドアを開けた時、彼はどちらかといえば機嫌がよかった。 それが、この手荒い歓迎である。 飛んできたノート自体は瞬きもせずに右手で受けとめたが、当然のことながら、氷河はその無作法に渋面を作ることになった。 ノートに空中飛行という無理を強いたのが、店の客ではなく店員だったなら、彼はその場で回れ右をしていたに違いない。 「俺に恨みでもあるのか」 最も入り口に近い場所にあるテーブルに、ノートを投げつけたポーズのまま凍ってしまっている少女が一人いた。 歳の頃は15、6。友人らしい同年代の少女が、向かい合った席に腰をおろし、やはり身体を硬直させている。 無作法な少女が狙った的は氷河ではなく、あくまでも店のドアだったらしい。 自分の投じたものが人様に危害を加えかけたことに、彼女は一応驚いてはいるようだった。 反省しているようには見えない態度で、彼女は氷河への謝罪より先に、彼女を憤らせたノートへの鬱憤を口にしたが。 「捨てたのよ、ラブノートなんて嘘ばっかり!」 「ラブノート?」 まさかラブホテルに置いてあるノートを読んで腹を立てているわけでもあるまいとは思ったのだが、氷河は他にその名称を冠するノートの存在を知らなかった。 ラブホテルもそこに置かれているというラブノートも(残念ながら)使用したことはなかったが、そういうものがあるということだけは、彼も知っていた。 |