“パティシエの本日のおすすめケーキ”をおいしそうに食べている瞬を眺めているうちに、氷河はすっかり、自分のジャケットの内ポケットにあるもののことを忘れてしまっていた。 氷河が自分のものではないノートを家まで持ち帰ってしまったことに気付いたのは、城戸邸に帰宅した彼が、身に着けていたジャケットを脱いだ時。 一般人の振りをするためだけに着ていた上着を玄関先で鬱陶しそうに脱ぎ捨てた際、彼のジャケットの内ポケットから件のノートが床に滑り落ちてしまったのだ。 「あれ、そのノート」 気付いた瞬が、そのノートを拾い上げる。 「ああ、それは……拾った――ことになるのか」 初めてノートの存在を思い出し、瞬の手にあるそれを受け取る。 師走の冷たい外気の中を歩いてきたせいか、僅かに触れた瞬の指先は、まるで血の気が失せてしまっているように冷たかった。 慌てて瞬と共に暖かいラウンジに移動した氷河は、そこで、土産話として、あのカフェでの出来事を仲間たちに語って聞かせたのである。 「誰か使ってみるか?」 氷河がノートをセンターテーブルの上に置く。 「そんな……人の心を操るなんて」 瞬は不快というより不安げな表情をしていた。 そのノートの危険性を本気で心配しているようだった。 それが“ホンモノ”であるはずはないというのに。 氷河の戯れ言を 真面目な顔で受けとめている瞬に、紫龍は軽く苦笑したのである。 「どっちにしても、恋なんて錯覚みたいなものだろう。『彼は特別な人間だ』『彼女には他の人間にない価値がある』――恋をしていない第三者から見れば、それは大抵は滑稽な思い込みだ」 「そんな!」 瞬がその言葉に即座に反応する。 仲間に指摘される前に、いつになく気負い込んでいる自分自身に気付いたらしい瞬は、すぐに その語調を弱めた。 そして、ひどく力のない声で、心許なげに瞬は言った。 「だとしても……だとしても、それは とても大切な気持ちでしょう……」 今日初めて瞬と出会った人間にでも、瞬が今 恋をしていることはわかっただろう。 「……そうだな」 そんな瞬の様子をしばらく見詰めてから、氷河は、彼がテーブルに置いたノートを再び自らの手にとった。 改めて見てみると、それは何の変哲もないノートである。 40ほどあるページの半分が『使用済み』になっていた。 おそらく、ほとんどの人間が半信半疑、もしくはその力を全く信じずに、自分自身と恋する人の名を、そこに書き込んだのだろう。 その筆跡は、上手い下手の別はあったが、どれもが非常に丁寧で、殴り書きのようなものは一つとして存在しない。 確かに、 |