「でも、ほんとかよ〜」
星矢は、そのノートの力を全く信じていないようだったが、同時に非常に面白いとも思っているようだった。
紫龍が氷河を横目で見やり、意味ありげな口調で言う。
「ホンモノでなくても、書きたい名があるんじゃないのか?」
「ふん。たとえ これがホンモノでも、こんなものに頼る奴の気が知れん」
もしかしたら好意で水を向けてくれたのかもしれない仲間の言葉を、氷河は言下に退けた。
その言葉に、瞬がびくりと身体を震わせる。
「自信満々だな」
ノートをテーブルの上に放り投げソファにふんぞりかえってしまった仲間に、紫龍は肩をすくめた。

「そんなもの、処分した方がいいよ……!」
瞬は、相変わらず、そのふざけたノートを危険視し続けている。
ノートの力を信じていない星矢――自分がそんな力を欲していないがために信じる必要がない星矢――は、むしろそんな瞬の様子を訝ることになってしまったのである。
「そんなマジになるなよ。これって、ユースホステルとかスキー場の小さなコテージとかによくある寄せ書き用のノートみたいなもんだろ?」

「なに?」
星矢の発想は、実に健全である。
ソファにふんぞり返っていた氷河は、そんな仲間の発言に、内心で少々気まずい感情を覚えることになったのである。
“ラブノート”と言われて即座にラブホテルを連想する自身の不健全を、余人はいざ知らず瞬にだけは知られないようにしなければと、彼は気を引き締めた。

「あのさ。これがホンモノかどうか試してみねー?」
そんなふうに超健全な発想の持ち主であるところの天馬座の聖闘士が、仲間たちにノートの利用を提案してくる。
「試す?」
星矢自身には使う当ても必要もないはずなのにと、紫龍は星矢の提案を訝った。
「試すといっても――氷河はその必要がないと言っているし、瞬は処分しろと言っている」

「うん。だから、氷河と瞬じゃなくて――。あのさ、星の子学園で手乗りインコを一羽飼ってるんだよ。ピー子ちゃんっていうんだけど、今 ガキ共がその子にパートナーをあてがおうとしてるんだ。ところが、そのピー子ちゃん、選り好みが激しい上に気性の荒い子でさ、これまで試してみた7、8羽が全部、気の立ったピー子ちゃんのクチバシ攻撃にあって、鳥籠から追い出されちまってるんだ。だから」

星矢が、問題のノートをテーブルの上から取り上げる。
そして彼は、テーブルの端に据え置かれているメモ帳用のペンに手を伸ばし、まるで小学生の新年の書初めのように勢いのある文字で、
『星の子学園の手乗りインコのピー子は、次に彼女の鳥籠に入れられたオスと意気投合する』
と、記したのだった。

「名前を書くことになっているぞ」
取扱い説明書の利用法を知っている氷河が、早速仲間の手落ちを指摘する。
しかし、星矢はけらけらと笑いながら、堅苦しいことを言う仲間に、
「でも、相手の名前はわかんねーし、これで特定されるから大丈夫なんじゃねーの」
と、至極無責任な答えを返したのだった。

9羽目にしてやっと ピー子ちゃんのお眼鏡に適ったオスが現われたという報告が、星の子学園の子供たちから星矢の許にもたらされたのは、その翌日のことだった。






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