ラブノートがホンモノではなかったという瞬の報告を聞いて安心したのは、実は星矢や紫龍も同様だったのである。
もともと彼等は、人の心を勝手に操ることに喜びを見い出すような人間ではなかった。

「だが、不思議な力を手に入れたと思い込んだ時、人がどういう行動をとるかで、その人間の人となりがわかるな。絶対の力を持つ神になったとでも思うのか、皆、さして深刻に考えもせずにノートに他人の名を書いていたようだし」
「神になったと思ったにしては、みみっちい願いばかりだったけどな。それこそ、全人類が恋に落ちる――みたいな大胆なことを書く奴は1人もいなかったわけだろ」
『瞬でさえも――』と、それは、星矢は言葉にはしなかった。
星矢が口にしなかったその言葉が、しかし、瞬にはしっかりと聞こえていたのである。

「誰かを好きになると、その人しか見えなくなるから……」
星矢や紫龍が自分を責めているのではないことはわかっていたのだが、瞬は少し身体を小さくして、そう告げた。
「おまえでもか」
紫龍が意外そうな面持ちで呟き、星矢は、瞬の目にただ一人だけ映ることのできている果報者の上に視線を巡らせたのである。
「嬉しいことを言ってくれる」
果報者は、仲間たちの前でてらいもなく、自らの幸運を喜んでみせた。
それから彼は、自身の果報を確かめるように、瞬に尋ねた。

「で、俺の気持ちはわかったのか」
そう言って自分を見詰める氷河の眼差しに心をときめかせ 頬を染めながら、瞬は僅かにその瞼を伏せた。
「――その人しか見えないっていうより、自分の気持ちにしか意識が向かなくなるっていう方が正しいのかもしれない。僕は、自分の心の中にいる氷河の姿しか見えなくなって、氷河自身を見ることを忘れていたような気がする……」

それが たまたま恋だったから、その愚行のもたらす弊害はこの程度で済んだのかもしれない――と、瞬は思ったのである。
これがもし、恋ではなく憎しみだったなら――『彼は自分に無関心でいる』という思い込みではなく、『彼は自分に敵意を抱いている』という思い込みだったなら――、その思い込みに囚われた人間は、自らの心の中にある“自分を憎んでいる彼”に憎しみを募らせることになっていたのかもしれない。
勇気を出して顔を上げ、まっすぐにその人を見詰めれば、その人の瞳には好意と優しさだけがたたえられているかもしれないというのに。

一目見ればわかる氷河の瞳の熱っぽさに ずっと気付かずにいた自分自身を思うと、瞬には、人が 勝手な思い込みに囚われて判断を誤ることは、大いにあり得ることのような気がした。
だが、瞬は、幸いにも気付くことができのだ。
氷河の――本当の氷河の、本当の心に。

「今度からは直接俺を見てくれるとありがたいな。俺はおまえよりずっとわかりやすい男だぞ」
氷河の言葉に、瞬は、瞳を潤ませて頷いた。
そして、もう二度と この人から目を離すものかと、瞬は決意したのである。






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