二人をくっつけるためにはまず、何やら互いを避け合っているらしい二人を引き合わせなければならない。
そして、二人でいることを楽しいと感じさせ、離れ難い気持ちにさせなければならない。
幸い、城戸邸に起居する青銅聖闘士たちは、3度の食事を1階にあるダイニングルームで一堂に会してとることが暗黙のルールになっていてので、星矢はそのルールを有効利用することにした。
「氷河、昼メシの準備ができたそうだから、階下したに下りてこいよ」

気まずそうにしている氷河と瞬の月下氷人になることを決意して わざわざ氷河を部屋まで呼びにいった星矢に対する氷河の答えは、だが、取りつく島もないものだった。
「部屋で食う」
「それって、俺にここまでメシを運んでこいって言ってんのか? 反抗期のガキじゃあるまいし、我儘言うんじゃねえ!」

「……」
星矢に『我儘なガキ』呼ばわりされてしまっては、氷河としても立場がない。
彼はいかにもしぶしぶといったていで、気だるげに横になっていたベッドから体を起こすことになった。


昼食の用意が整ったダイニングルームには、既に瞬が連れてこられていた。
氷河が自分と同じテーブルの席に着く様に、一瞬 驚いたように目をみはり、慌ててその瞼を伏せる。
そうして氷河の上から視線を逸らしたものの、氷河の姿を見まいとするほどに彼が気になるらしく、瞬はやたらとちらちら瞬きを繰り返していた。
まるで、できれば 瞬きの弾みに間違って氷河の姿を視界に映しとってしまうことを期待しているように。

「あー、滅茶苦茶うっとーしー」
内心で呟くにとどめておけばいい言葉をも 口にしてしまうのが星矢である。
瞬に聞こえる程度のボリュームで、言わずにおくのが武士の情けとも言うべき言葉を吐き出してから、星矢は昼食のテーブルで、もどかしいばかりの二人に提案した。

「せっかく氷河がいるんだからさ、これから みんなでどっかに遊びに行こうぜ。今日帰るつもりだったんなら、氷河もどうせ何にも予定ないんだろ? ここはいっそ、でずにーランドとかさ。大雪のせいで空いてるぞ、きっと」
それは事前に容易していた計画ではなく、その場で突然思いついた考えだったのだが、星矢はまず彼自身が、その考えに乗り気になった。
我ながら気の利いたアイデアだと浮かれ始めた星矢に、氷河の素っ気ない答えが返ってくる。

「おまえたちだけで行け。俺はそういうことに興味はない」
「俺は、おまえのために行こうって言ってんだよ!」
命を懸けた闘いを共にしてきた仲間の熱い友情を、氷河はいったい何だと思っているのだろう。
拒否するにしても、もう少し日本人らしい言い回しで、提案した者への感謝が見え隠れするような拒否の仕方があるはずなのに! と、自分にできないことを氷河を求めて、星矢は大いに気分を悪くした。

そこに追い討ちをかけるように、瞬までが、星矢の誘いに乗る気のない意思を伝えてくる。
「ぼ……僕は具合い悪いから」
「瞬っ! 俺はおまえのために言ってんのっ!」
氷河だけならまだしも瞬までが、仲間の熱き友情を退けるつもりなのだろうか。
瞬の仕打ちに憤慨した星矢は つい頭に血をのぼらせて、気弱げな様子の瞬までを大声で怒鳴りつけることになってしまったのだった。

見兼ねた紫龍が、一つ長く深い溜め息をついてから、星矢と二人の恋人たちの間に仲裁に入る。
彼は意識して作った穏やかな声で星矢をなだめ、それから瞬の方に向き直った。
「星矢、少しは落ち着け。瞬、具合いが悪いというのは本当か」
「う……うん」
「では、出掛けるのはやめにしよう」
「僕のせいで、そんな――」
「氷河も、おまえが来ないのではつまらないだろう」

氷河や星矢と違って、紫龍は日本人の心と日本語の使い方を心得ていた。
個人の我儘で他の人間の行動を制限することの心苦しさを瞬の心中に生まれさせ、彼はそこに訴えたのである。
典型的な日本人の心を持ち合わせている瞬は、すぐに困惑した様子で、数回小さく首を横に振ることになった。
「そんなことないよ。ね、氷河、みんなと行ってきて……」

それまで氷河と目を合わせるのも怖がっているふうだった瞬が、初めて氷河の方に視線を巡らせる。
そして、二人の視線が合った途端。
瞬は、その表情ばかりか身体をも、まるでメデューサの頭を眼前に突きつけられたピネウスのように凍りつかせた。

「あ……」
星矢にも紫龍にも、瞬が息を呑むのがわかった。
氷河は瞬から目を逸らすことができず、瞬もまた氷河から視線を逸らせない。
二人は『視線を逸らさない』のではなく『逸らせない』のだということが、星矢と紫龍には容易に見てとることができた。
氷河も瞬も、互いの視線が絡み合っていることを嬉しく感じている様子はなかったし、それどころか、二人は、出合ってしまった視線を懸命に逸らそうとするかのように全身を緊張させ、そのために小宇宙を燃やすことさえ始めてしまったのである。

だが、その目的を果たすだけの力を、瞬は持っていなかったらしい。
「ああ……!」
やがて瞬は苦しそうに眉根を寄せ、小さくかすれた悲鳴をあげて、その場に崩れ落ちてしまった。
幸い、テーブルの上に並べられていた食器を取り散らかすようなことにはならなかったが、瞬は、自分が腰をおろしていた椅子は、自分の昏倒の巻き添えにした。

「瞬っ!」
星矢と紫龍は、床に倒れてしまった瞬の側に慌てて駆け寄った。
瞬の視線の呪縛から解放され身体の自由を取り戻した氷河もまた、掛けていた椅子から弾かれるように立ち上がる。
「な……なんだよ、瞬の奴、ほんとに具合いが悪かったのか? そんなら、最初にちゃんとそう言ってくれればよかったのに……!」
自分の一方的な親切の押しつけに罪悪感を感じて取り乱しているにしても 無茶なことを言う星矢に、紫龍は苦い笑みを浮かべずにはいられなかったのである。
あれ以上、どう『ちゃんと』言うことが瞬にできたというのだ。

「部屋に運んで横にさせた方がいいな」
ここで星矢を責めるのも不毛と考えた紫龍が そう言って、瞬の身体を抱きあげるために、その手を瞬の肩に伸ばす。
が、彼は、この場に氷河がいることを思い出し、その手を止めた。
席から立ったままの姿勢で呆然としている氷河に、紫龍が水を向ける。

「氷河、おまえが運ぶか?」
「俺は――」
その作業を行なう義務と責任が自分にあることを、氷河は自覚しているようだった。
彼は、その義務を自らの権利だとも思っているようだった。
だが、だというのに彼は、紫龍に向かって力なく首を左右に振ったのである。
歯を食いしばり、唇をきつく噛んで、氷河は首を横に振った。

「いいのか、俺が運んでも」
紫龍に念を押されても、氷河は動こうとはしない。
氷河のその頑なさには、さすがの紫龍も軽い苛立ちを覚えることになったのである。
紫龍は、挑発の意味を込めて、氷河が かの天蠍宮でそうしたように、瞬の身体を抱き上げた。
いわゆるお姫様抱っこという抱き方で。
完全に力を失っている瞬の首と髪が、いかにも頼りなげに宙で揺れる。
その様を見た氷河は――見せられた氷河は――、明白に うろたえた。
そうして彼は、紫龍の腕の中にいる瞬から目を背け、抱きしめるものを持たない自らの両の拳を きつく握りしめたのだった。

「氷河。おまえ、瞬についててやれよ。おまえのせいなんだから」
自分がそうしてもいいと許可を与え、彼自身はその作業を辞退したにも関わらず、紫龍による瞬のお姫様抱っこに、氷河は相当苛立っていたらしい。
「俺に瞬を殺させる気かっ!」
誰が聞いても憤慨しているとわかる声と表情で、氷河は星矢を頭から怒鳴りつけた。






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