瞬が倒れたのは、特に瞬の体調が芳しくなかったせいではなく、極度に、そして急速に心身が緊張してしまったからのようだった。 具合いが悪かったのではなく――瞬は、ある意味、自分で自分の具合いを悪くしてしまったのである。 紫龍が瞬を部屋に運び、ベッドに横にしてから ラウンジに戻ってくると、そこには苦渋と焦燥に満ち満ちた白鳥座の聖闘士が待っていた。 氷河は、腰をおろすというよりは、身体を支えてもらっていると言った方がふさわしい様子で、肘掛け椅子に座っていた。 膝に両肘を乗せ、両の手で顔を覆っている彼の様子は、顔を俯かせているというより、身体全体が項垂れているように見える。 氷河と瞬の間に半端でなく深刻な事情があることを感じているのか、非婉曲・単刀直入を身上にしている星矢までが、氷河を問い詰めることもせず、テーブルをはさんで向かい合ったソファに無言で腰をおろしている。 紫龍がその横に陣取ると、氷河は少しの間をおいてから、低く呻くような声で、やっと仲間たちに二人の事情を語り始めたのだった。 「ちょうど1年前だ。俺は、瞬と――初めて寝た」 1年前というと、アテナが想定していたとおぼしき すべての大きな戦いが一応の収束を見せた頃である。 だから、「しばらくシベリアに戻りたい」という氷河の希望も速やかに許されたと言っていい。 もっとも氷河に帰郷を許した沙織は、まさかその『しばらく』が1年もの長期に及ぶことになるとは思っていなかったらしい。 氷河の引きこもり体質は 人を求めすぎるゆえのことと承知していた沙織は、日本に彼の求める人がいることもまた承知しており、だから彼はすぐにシベリアに一人でいることに耐えられなくなって、仲間たちのいる場所に戻ってくるだろうと踏んでいたのだ。 だが、沙織の予想に反して、氷雪の聖闘士は、彼の求める人の許に戻ってはこなかった。 彼の不在期間が3ヶ月、半年、1年と長期化するにつれ、沙織は――星矢や紫龍も―― 氷河にとって瞬は特別な存在なのだということを、1年前の彼等は、ほとんど確信していたのだが。 しかし、それは決して的を外した推察ではなかったらしい。 「俺は瞬が好きで好きでたまらなかった。身近な者たちの死や闘いのつらさや虚しさのせいでできた空虚を、瞬なら、その優しさですべて埋めてくれると思った。いや、その時にはもう俺は、瞬を見ている時には瞬以外の誰のことも考えられなくなっていた」 そこまでは、星矢も紫龍も知っていた。 なにしろ彼等は、その目に瞬の姿しか映さなくなってしまった氷河に、幾度となく無視され ないがしろにされていたのだから。 だから 「一応同性だし、瞬はためらいがあったようで、瞬に好きだと告げたあとも、俺は結構な時間 瞬にお預けをくっていたんだ。あの時は――ちょうど星矢はギリシャ、紫龍は中国、沙織さんは財団の仕事でEU各国の視察に出ていて、俺たちは数日間は ここに二人きりになることがわかっていた。だから、俺は、それまでより少し強引に迫って、そして、何とか瞬のOKを取りつけたんだ」 「めでてーじゃん。それで?」 順調に進展していた二人の恋が いったいどこで頓挫することになったのか、早くその地点に辿り着きたいらしく、星矢は少々せっかちな口調で氷河の話の先を促した。 しかし紫龍は、自分たちは既にその“地点”に至ってとまっているのではないかと考えていたのである。 「あー……その、何だ。うまく できなかったのか?」 「その逆だ」 紫龍がそう問うてくるだろうことを想定していたのか、氷河はすぐに首を横に振った。 氷河と瞬の恋は、その時点ではまだ順調だったらしい。 ではいったい何が二人の恋を頓挫させることになったのか――氷河にその件を否定されてしまうと、紫龍は他の理由が全く思いつかなかった。 氷河の言を信じるならば、ある意味では恋の一つのゴール地点である その場所を、二人はトラブルもなく駆け抜けることができたというのだから。 だが、問題は、そのゴール地点にこそあったらしい。 氷河の声音は、一層苦渋の色を濃くすることになった。 「待たされていた分、俺は気が逸っていた。見境がなくなっていた。邪魔者がいないこともわかっていたから、俺は瞬のことだけを気にしていればよかった。瞬は――瞬は綺麗で可愛くて やわらかくて健気で、俺は夢中になって瞬に幾度も――」 「何回も頑張ったわけだ」 問題の地点に急ぎたい星矢が、少々投げやりな合いの手を入れる。 氷河は、そんな星矢に苦しそうに頷いた。 「何日も――」 「なに?」 |