氷河の条件






『恋するアリア〜誘惑のテノール・白鳥しらとり清登すみと〜タミーノ王子から白鳥の騎士まで』という長々しいタイトルのアルバムCDが、先月来 クラシックシャンルのCDとしては前代未聞の売り上げを見せていた。
内容は、モーツァルト・『魔笛』のタミーノ王子からワーグナー『ローエングリン』の白鳥の騎士ローエングリンまで、男性アリア10曲から成るアルバムである。
10万枚売れれば大ヒットといわれるクラシックCDが、数週間前から邦楽洋楽全ジャンルで、売り上げ枚数ベスト5の座を維持し続けるという稀有な状況が続いていた。
クラシック部門では、既に15週連続トップを保っている。

有力JポップアーティストのCD発売と重ならなかったという幸運もあったろうが、それにしても、これは滅多にないことである。
そのCDと共にベスト10に入っている他のタイトルは全て、ポップス・歌謡曲に分類されるものばかりで、ある意味では“売れて当然”のもののみだったのだ。

滅多にないこの状況はマスコミでも大いに取り上げられ、相乗効果でCDの売り上げは伸び、オペラ歌手『白鳥清登』の名は日本中の人々の知るところとなった。
発売元のグラード・エンターティンメント社は、予想外の売り上げに生産が間に合わす、CDプレス工場のゲームの生産ラインもこのCDのために当てて、次から次に舞い込む発注に対応しているという。

彼のCDが売れる理由は、主に3つあった。
第一の理由は、もちろん彼の声と歌が素晴らしいこと。
彼は、日本有数のオペラカンパニー『一期会』が日本国内でのオペラの大衆浸透のために、会の総力をあげて世に送り出した逸材だった。
二つ目の理由は、彼の年齢が20代前半とまだ若く、オペラ歌手にしては痩身で風采も良く、容姿も整っていたこと。
三つ目は、実力・バック共にそれほどの好条件を整えていながら、舞台に立つ彼を見た者は誰ひとりおらず、『白鳥清登なる人物は本当に存在するのか』という謎が伴っていたこと。
謎めいているものに、人の心は惹かれるようにできているのである。






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