自分が引き起こした混乱は、自分が治めなければならない。 それは星矢にもわかっていた。 星矢は、そして、自分が為すべきことから逃げ出すような卑怯者でもなかった。 ただ彼は、『どうすれば この事態を治めることができるのか』という肝心要のところが、全く見えていなかったのである。 だから、翌日 星矢が、ラウンジで鉢合わせした氷河と瞬を無理にその場に引きとめたのは、混乱した事態を収拾するためではなく、事態収拾の糸口を見付けだそうとしてのことだった。 星矢は、『事態がこんな様相を呈することになった根本原因を探り、その上で、抜本的対策を練ろう』と、実に彼らしく前向きなことを考えたのである。 三人掛けのソファに氷河と瞬を並んで座らせ、自分自身はその向かい側の肘掛け椅子に陣取って、星矢は早速二人への尋問に取りかかった。 ちなみに、星矢の横には、オブザーバーとして紫龍が控えている。 「でさ、瞬。おまえは氷河のどこが好きなわけ?」 「え?」 「氷河は瞬の何に惚れたんだよ」 「……」 「瞬は氷河を好きになって、何か得があるのか? 氷河は瞬を好きになれば、何かいいことでもあるわけ?」 「……」 星矢は恋する二人の返答を待たずに、矢継ぎ早に質問を重ねていく。 「氷河は瞬をどうしたいんだよ。瞬は氷河をどうしたいんだ?」 「どうしたい……って」 星矢が次々に質問だけを重ねるのは、どの質問に対する答えが事態収拾の鍵になるのかが、星矢自身にもわかっていないからだった。 つまり、二人の関係がこじれることになった根本原因が。 そして、氷河と瞬が星矢の質問に答えることができないのは、一つの質問に対する答えを考える前に、次の質問が発せられるから。 なにより、白鳥座の聖闘士がアンドロメダ座の聖闘士を好きで、アンドロメダ座の聖闘士は白鳥座の聖闘士を好きでいるという、質問者自身は今更確かめるまでもない大前提と認識している事実が、氷河と瞬には初めて知らされることだったから――だった。 「瞬は、氷河に好きになってもらえれば、それで満足なのか? それで終わり?」 「お……終わり……?」 星矢の矢継ぎ早の質問が、初めて途絶える。 その最後の質問が、あまりに想定外 かつ根本的なものだったので、瞬は言葉に詰まることになった。 瞬は、その先を考えていなかった。氷河に自分を好きになってもらえたその後――のことを。 氷河といつも一緒にいられればいいだろうなと、そんな漠然とした期待をしか、瞬はこれまで意識したことがなかったのだ。 何気なく星矢が繰り出してくる質問は、そのどれもが非常に根本的で、その答えもまた非常に重要な意味を持つもののように、瞬には思われた。 だから――瞬は深呼吸をして、その目を閉じ、気持ちを落ち着かせてから、自分の心の中を覗いてみたのである。 望んでいることは、氷河と二人でいること――だった。 そのことによって――二人が一緒にいることで――氷河が幸福な気持ちになってくれればいいと思う。 そしてまた、そうなることで、自分もまた幸福になれるだろうとも思う。 それが、氷河と共にいることで瞬が得られる“益”だった。 だが、瞬は、氷河の幸福が何なのか、氷河は何を幸福と考えているのか、そんな重要なことを、これまでただの一度も考えたことがなかったのである。 そんな自分に驚いて、瞬は目を開けた。 そして、氷河を見る。 氷河も同じように瞬を見詰めていた。 その時、二人は、自分たちが互いに恋をしていることを初めて知ったのである。 そして、自分たちが本当に恋をしていなかったことも。 氷河は何を望んでいるのか、瞬は何を望んでいるのか、氷河の幸福は何なのか、瞬の幸福は何なのか――。 彼等は、たった今、その大切なことを考え始めたのだった。 個々に独立した存在である二人が、共にいることによって、互いの身を気遣い、互いの心を思い遣り、闘いによって失われたものを埋め合い、その疲れを癒し合うことができればいいと思う。 彼が苦しみ嘆いている時には慰め励まし、彼が喜び楽しんでいる時には、その喜びと楽しみを共に喜び楽しみたい――。 それは、ほとんど肉親や仲間に対して感じる愛情と変わらなかった。 ただ、それが、氷河でなければならず、瞬でなければならないと感じる部分だけが恋だった。 この人でなければだめだと信じる心だけが、恋だった。 |