大伯父である枢機卿に『エデッサの捕虜の様子はどうだ』と訊かれるたびに、ヒョウガは、
「俺自身が王子様のところに足繁く通って、世俗の下賎な考えや知識を吹き込んでいますよ」
と答えていた。
枢機卿は、女将を使った策でヒョウガが失敗したことは知っているようだったが――この町で起こったことで彼の耳に入らないことはないのだ――彼はその件に言及してヒョウガを責めることはなかった。
事の成就を急いでいるはずなのに、なぜかヒョウガを急かすようなことも言わなかった。
ヒョウガは、ふと、枢機卿はもしかしたら、彼の出来の悪い身内当人にシュンを汚させようとしているのではないかと、そんなことを考えたのである。

自分がシュンに惹かれていることは自覚していた。
たとえ表面ばかりのこととはいえ聖なる一門の内に生まれたヒョウガは、幼い頃から神の教えを叩き込まれてきた。
そして、神の望む世界と現実との乖離に苛立ち、怒り、あげく、一門の反逆児になった。
だからこそ、一門の出来損ないが 清らかなものに人一倍強く惹かれることを、枢機卿は承知しているはずだった。
その上、ヒョウガは“清らかな”童貞ではなく、人がその身の内に抱く欲を満たす術も知っているのだ。

もしそうだとしたら、大伯父の思惑に乗るのが得か損か――ということを、ヒョウガが考えなかったわけではない。
考えなかったわけではないのだが――。

『死なせたくないんでしょ』
女将の言葉を思い出したヒョウガは、苦笑して、
「その通りだ」と自らに答えるしかなかったのである。
シュンを汚すことは、シュンを死なせることだった。






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