「マイニンゲンの調査?」 それは、地上のハーデス城のあった場所の名だった。 俺は、そこで瞬を失った――正しくは、失ったことを知った。 あの廃墟で、俺は声が出なくなるまで瞬の名を叫び続け、そして、俺がその名の主に二度と抱きしめてもらうことができない絶望を自覚したんだ。 そこは、一輝が最愛の弟を失い、星矢たちが得難い仲間を失った場所でもある。 その土地を、今更調査とはいったいどういうことだ? 2年前に俺たちが失ったものが、今になってそこに現われるはずもあるまいに。 俺が怪訝そうな顔をすると、我等が女神は、ひどく申し訳なさそうな目をして、俺を見上げた。 「あまりに現実的な話で申し訳ないんだけど……。あの城のあった場所は、ハインシュタインの名を冠した ある人物名義の私有地だったの。もっとも、付近では誰もその所有者に会ったことはなくて、その所有者に該当する名の持ち主は、十数年前に亡くなった子供しかいなかったのだけど。でも、毎年、その名で固定資産税が国に納められていたの。だから、お役所は、その名の持ち主の土地家屋の所有を認めていた。ところが、その税が2年前から未納になっていて――」 なるほど。 俺は、彼女の説明を聞いて得心した。 ドイツ連邦共和国は、つまり、固定資産税を払う者がいなくなった土地を、国の所有に帰することを決めたわけだ。 「共和国からあの土地を譲り受けたチューリンゲン州は、あの城の残骸をすべて片付けて、そこに天文台を作る計画を立てているらしいの。でも、あそこは一時的にとはいえ、冥界と繋がっていた場所でしょう。何か危険なものが残っていないとも限らないから、業者が撤去処分に入る前に、一応私たちで調査をしておくべきだと思ったわけなのよ」 「あのへん、ぐるりと見てまわってくればいいんだろ。俺が、ちょっと行ってくるよ」 「いや、俺が行こう。星矢は、そこに不審な物が転がっていても、その上に飛び乗って、『何もなかった』と報告しかねない」 星矢と紫龍が、まるで俺に何ごとも言わせまいとするかのように急いで、アテナの要請に応える返事をする。 沙織さんも、その仕事を俺に任せるつもりは あの場所に行ったら、俺がまた気が違ったように取り乱すに違いないと、星矢たちは思っているんだろう。 冥界での戦いは、俺たちの最後の戦いにはならなかった。 アテナの聖闘士たちの戦いは終わらず、今もそれは続いている。 星矢と紫龍は戦いの連続で疲れていて、一輝は例によってどこをふらついているのか わからない。 疲れているのは俺も奴等と同じといえば同じだったんだが、俺には星矢たちと違って戦い以外に気にかけるものがない分、身軽で気軽だ。 なにより、星矢や紫龍がその調査に自分たちが行くと言い出したのは、俺がつらいことを思い出さないようにとの気遣いだということは、火を見るより明らかで――つまり、俺は未だに瞬を失った痛手から立ち直れずにいる情けない男だと、奴等に思われていることになる。 俺があの場所に行く意思を示したのは、奴等の心を安んじさせるためだった。 瞬がいなくても俺は大丈夫なのだということを、二人に知らせるため。 あの一輝でさえ近付こうとしない場所。 そこに行くことで、俺は生きている仲間たちを安心させられる。 白鳥座の聖闘士は瞬なしでも生きていられることを、星矢たちに証明することができるんだ。 俺は これまで散々こいつらには心配をかけてきたし、瞬を失った当初には俺はただの足手まといだったから、戦いのたびにこいつらを冷や冷やさせていたことだろう。 遅ればせな報恩ではあるが、白鳥座の聖闘士はこいつらの優しさに応えなければならないと、俺は思ったんだ。 俺にしては随分優等生めいたことを考えるようになったものだ――と自嘲した俺は、だがすぐにその認識を改めた。 俺は仲間の気持ちを思い遣る優等生などではなく――俺が立ち直れば、その振りだけでもできれば、瞬が喜んでくれるのではないかと、そんなことを心底で考えていただけだった。 そんなふうに相変わらず自分のことしか考えていない俺に、星矢と紫龍が心配そうな顔を向けてくる。 俺は、今度ばかりは、この人の好い仲間たちのために、『大丈夫だ』と告げて笑ってみせたのだった。 俺は、この2年間で大人になったつもりだった――強くなったつもりでいた。 なにしろ、瞬がいない2年もの時間を、一人で生きてきたんだから。 瞬がいなくなってから、外見も随分変わった。 鏡に映る自分の姿を見た時、俺は、そこに、この2年間で10も歳をとったような男の顔を見付けて驚くことがある。 瞬を失ってから、俺はすっかり面変わりした。 痩せて、頬の肉がそげ、そのせいで心持ち顔が長くなった。 目も落ち窪み、彫りの深さが増した俺は、よく言えば精悍になった。――悪く言えば、老けた。 俺自身は中身も外見も変わったつもりでいるのに、それでも、星矢たちの目には、俺は今でも瞬なしでは生きていられない軟弱な男に映っているらしい。 そのイメージが払拭できていないらしい。 俺は、心配性の仲間たちに苦笑しないわけにはいかなかった。 |