皇太子暗殺の事実は、行なわれた場所が場所だっただけに秘密にはできず、何者かが皇太子の暗殺を企てて失敗したという噂は、すぐに国中の人間の知るところとなった。
皇太子暗殺に加担したと思われるのを危惧した貴族たちは一斉に現大公妃との間に距離を置き始め、大公妃とその息子は宮廷内で孤立し始めたのである。
手の平を返すような貴族たちの鮮やかな豹変振りに、セイヤはむしろ不快の念を抱くことになったのだった。

「おお、シュン殿。皇太子殿下のお相手、いつもご苦労様ですな。父君は達者か。今度ぜひ、私の邸にお招きしたいのだが」
「父に伝えておきます。……が、父はあまり外には出ないたちで――」
「いや、そうではなくて……」

貴族たちの中には、大公妃との間に距離を置くだけでなく、その立ち位置を180度変える者まで出てきていた。
つい1週間前まで現大公妃の取り巻きの一人だった貴族の男がシュンに近付くのを見たセイヤは、おもむろに顔をしかめることになった。
セイヤがシュンを呼び寄せようとするより早く、ヒョウガがシュンの側に歩み寄り、氷のように冷たい目で その恥知らずを無言で睥睨する。
「お……おや、不粋で堅物の軍人が……では、シュン殿、またの機会に」
それは彼なりの精一杯の虚勢を張った捨てゼリフだったのだろうが、ヒョウガの登場によって あたふたとその場から逃げ去った尻軽貴族の様子を見て、セイヤは胸のすく思いを味わっていた。

「あの助平ジジイ、来てほしいのは、おまえの親父さんじゃなく おまえの方だったんだぞ」
「え?」
自分の横に立つヒョウガを気にしていたシュンは、セイヤが告げた言葉の意味がよくわからなかったのだが、わからないまま、ちらりとヒョウガの横顔に視線を投げた。
あの暗殺劇での自分とヒョウガの好首尾は、セイヤの言うように『いいコンビネーション』だったのではなく、もしかしたら足手まといだったかもしれない自分をヒョウガが庇ってくれていただけだったのではないいかと、シュンはずっと気にかけていたのだ。

「あ……変な人たちが近付いてきても、セイヤといると、ヒョウガが追い払ってくれるから安心だね。あの……ありがとう」
シュンは礼を言ったのだが、ヒョウガはマルクト広場での時同様、シュンに何の答えを返すこともなく 素っ気なく横を向いてしまった。
シュンはそんなヒョウガを見て、少し切ない気分になったのである。

「ヒョウガは仮にも陸軍元帥の息子だし、俺の身を守るためと言えば、どんなに身分が高くても悪党は容赦なく成敗できる立場にあるからな。誰だって へたに逆らいたくないだろ」
これまで我が身に何が起こっても どこ吹く風でいたセイヤが、珍しく真顔になる。
「これは、本当に俺が次期大公になるかもしれないと考え始めた奴等が、俺への接近を図り始めたってことだ。奴等はおまえにも近付いてくる。気をつけろ」
「うん」
セイヤの懸念を初めて正しく理解して、シュンは――シュンも――少し硬い表情になって頷いた。
同時にシュンは、そんなセイヤの言葉に安堵もしたのである。

セイヤは、いわゆる市井しせいで育っただけあって、人の言葉が本心からのものなのか世辞にすぎないのか、事実なのか虚勢・ハッタリの類なのかを見極める力を備えていた。
宮廷の作法は心得ていなくても、大公に即位することへの執着はなくても、セイヤなら大公として立派にやっていけるだろうと、シュンが信じていられるのは、セイヤは決して人間の価値を見誤ったりしないと確信することができるからだった。

人を見る目があり、臣下をその実力・人徳に見合った地位に配置することができるなら、その人物は一国の統治者として十分に有能である。
統治する者は、彼自身が専門家になる必要はないのだ。
華やかな宮廷で、耳に心地良い言葉だけを聞いて育ってきた第二皇子より、セイヤははるかによい大公になれるだろうと、シュンは信じていた。






【next】