「で……でも、どうして。僕は別に要人でもないし、ただの貧乏貴族の次男坊だよ」
シュンに戸惑ったような目で見詰められたヒョウガが、らしくもなく僅かに頬を染める。
シュンの心臓が高鳴った音が、セイヤには聞こえたような気がした。
そうしてセイヤは、ヒョウガの滅私奉公的忠勤の真実を知ることになったのである。
「ば……ばっからしー。つまり、俺はシュンをヒョウガにくれてやってれば、とっくの昔に自由になれてたのかよ!」
セイヤは ほとんど吐き出すように そう言った。
それには何の反駁もせず、それどころかセイヤには一瞥もくれず、ヒョウガがシュンを見詰める。

「おまえが無事でよかった」
「あの……僕……」
今度はシュンが頬を染める番だった。
頬を染め、瞼を伏せて、シュンが小さな声でヒョウガに訴える。
「僕、ヒョウガは、僕なんか眼中にないんだと思ってた。いつもセイヤのことだけ見てて、僕、ずっとセイヤのこと羨んでいたのに」
ヒョウガがシュンにいかれていた事実も、セイヤには驚天動地のことだったが、シュンのその発言も、セイヤには寝耳に水の新事実だった。
シュンが以前、自分に、いつも見守っていてくれる人がいて羨ましいなどという たわ言を言っていたことを、今になって思い出す。

「セイヤなんて、殺されても死なないような奴を守っていても無意味だ。自分の軽率が、おまえの身まで危険に巻き込むかもしれないという可能性を考えもしない馬鹿な皇太子の命など、俺はどうなってもいい」
「言ってくれるじゃん」
セイヤとて、その可能性を考えていなかったわけではないのである。
セイヤはただ、『何をするにもシュンと一緒』という幼い頃からの習慣の力に逆らうことができずにいただけだった。

ともあれ、その習慣のせいで、セイヤはいつもヒョウガに睨まれていた――ということになる。
ヒョウガはシュンを見守り、同時にセイヤを見張っていたのだ。
彼の軽率な行動が、シュンを危険に巻き込むことのないように。

「おまえしか見ていなかった。初めておまえに会った時――セイヤと一緒にいるおまえを見て、俺が一生仕えるのはおまえなんだと思った。まさか、我が国の皇太子が、あの下品なセイヤの方だとは考えもしなかった」
「え……」
当の皇太子――未来の大公――の前で、ヒョウガは語らなくてもいい真実までを語り始めた。

初めて母に連れられていったシュンの家で、セイヤと一緒にいるシュンを見た彼は、迷いもなくシュンの方を皇太子なのだと思ったのだそうだった。
自分はこの可憐で優しげな目をした皇太子に一生仕えるのだと決意して、『忠誠心』の花言葉を持つ花をシュンに贈り続けた。
「俺からの花を、おまえは嬉しそうに受け取ってくれた。セイヤは、その横でいつも、どうせくれるのなら食い物の方がいいとか何とかぼやいていた。なんて不粋な奴だと、俺は呆れたんだ。セイヤの方が皇太子だと、俺にわかれという方が無理だ」

そうしているうちに、ヒョウガの母が病で亡くなった。
大きな喪失感を抱くことになったヒョウガを立ち直らせたのは、彼の・・皇太子への忠誠心で、そのための術を身につけるために、彼はオーストリア、プロイセンと、ドイツ語圏二大国への軍事を学ぶ留学に出る。
帰国後、彼はすぐに彼の皇太子に会うべくシュンの館に赴いたのだが、そこで、素直な瞳は子供の頃のまま花のように綺麗に成長した彼の皇太子の姿を垣間見て、何と言ったらいいのかわからなくなり、彼は ただただその場に立ち尽くしていたのだそうだった。

「皇太子が王宮にあがると聞いた俺は、すぐに陛下に願い出て、近衛の職を離れ個人的に皇太子の護衛につく許可を得た。そうしたら、皇太子付きの下働きか何かと思っていた粗野なガキが実は皇太子で、俺が一生仕える人と信じていたおまえの方が ただの従者で――」
ヒョウガの受けた衝撃の大きさは並み大抵のものではなかった――のだろう。
その衝撃が些細なものであったなら、普通の人間は彼の祖国の未来の支配者に、
「俺が命を懸けて守る必要なんかないだろう。こんな不粋で軽率な悪ガキを」
と言ったりはしない。

「ヒョウガ……」
未来のバーデン大公国大公に言いたい放題をしてのけるヒョウガに、シュンがさすがに困った顔になる。
だが、シュンの瞳が喜びに輝いているのは、誰の目にも明らかだった。

「おまえが皇太子でないとわかって、少し嬉しかったのも事実だ。未来の大公が相手では、俺は一生おまえを抱きしめることは叶わないと思っていたから。その点は、セイヤに感謝している。だが、俺が一生仕えるのはおまえだけだ。俺はおまえの他に主君はいらない」
国中の主だった貴族や重臣、各国の大使たちが見守る中、ヒョウガは、このセレモニーの主役である未来のバーデン大公国大公を見事に無視して、彼のただ一人の主君への忠誠を誓ってみせたのだった。






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