悩んだ末に、翌日、シュンは、自らの迷いを、あろうことかアテナに相談した――のである。
同席した仲間たちがあっけにとられて、シュンを見詰めていた。

「アンドロメダの聖闘士の許に通っている命知らずの男がいることは聞いていたが、聖域の……それも聖闘士だったのか」
シリュウが半ば感心したように――何に感心しているのかはともかく――呟く。

「俺たちはてっきり……その、何だ。問題の男は戦いとは無縁のところにいる男で、だからおまえはその男が気に入ったんだろうとばかり思っていた」
争い事が嫌いなアンドロメダ座の聖闘士が求める安らぎを、シュンに与えられるのはそういう人間で、シュンはそういう人間にこそ心惹かれるのだろうと、セイヤは勝手に思い込んでいた。
言ってみれば敵軍の、しかも戦うために生きていると言っていい聖闘士がシュンの恋の相手だなどということを、セイヤは考えてもいなかったのである。

「しかも、二人で逃げようだと。アンドロメダの聖闘士に駆け落ちを持ちかけるなんて、そいつ、よっぽどの馬鹿か大物だな」
「両方だろう。シュンが惚れてるんだから」
シリュウの言葉に、シュンの頬が上気する。
その 馬鹿か大物に、シュンが本気で恋をしていることだけは、彼の仲間たちにもよくわかった。

「いいのよ。シュンがそうしたいのなら」
それまで黙ってシュンの話を聞いていたアテナが、ゆっくりと静かな口調でシュンに告げる。
それは、シュンにとっては、思いがけない言葉であり、同時に、予期していた言葉でもあった。
アテナならそう言ってくれるのかもしれないと、シュンは、なぜかつらい思いで察していた。
苦しげに眉根を寄せたシュンに、アテナが穏やかな微笑を投げてくる。

「私が築こうとしているのは、より多くの人が不幸にならずにすむ世界なの。私は、人々を幸福にはしてあげられない。幸福というものは個々人で違うものだから、私は誰にもそれを与えてやることはできないわ。私にできるのは、人々から幸福を手に入れる機会が失われない世界を築くことだけ。幸福自体は、個々の人間がそれぞれの手で掴まなくては。そうでしょう?」
「アテナ……」
「あなたが幸福になってくれるなら、それは私の望みが一つ叶うことでもあるわ。あなたがこの村を去ることは、あなたが私を幸福にしてくれることでもあるの。シュンはもともと戦いを嫌っていたし、戦いに代わる生きる目的を見付けられたのなら、それはとても喜ばしいことだわ」

「そうだな……」
戦って、敵を撃退するたびに泣く聖闘士。
シリュウは、そんな仲間の姿を見るたびに、アンドロメダ座の聖闘士は生きていく場所を間違えているような気がしていた。
「シュンが幸福になれるのなら、それがいちばんだ。うまくやれよ」
「シリュウ……」
「シュンが離れるのは痛いけど、ま、シュンのためだもんな。聖域からも一人分戦力が減るのなら、お互いさまだし、あとは俺たちに任せとけ」
「セイヤ……」

セイヤはどう考えても、わざと算数が得意でない振りをしている。
数十人いる聖域の聖闘士。
数人しかいないアテナの側の聖闘士。
『マイナス1』の重みは、聖域とアテナの村とでは、それこそ重みが全く違うのだ。
否、セイヤは算数が不得手な振りをしているわけではない。
自分たちの戦いが不利になることよりも、仲間の幸せの方が重い。それがセイヤの価値観なのだ。

そういう判断をする者たちが、シュンがこれまで戦いを共にしてきた仲間たちだった。






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