「そなたの望みは何だ」 教皇の間では、たった一人だけの襲撃者を迎えた教皇が、彼にこの無謀の目的を問い質していた。 唯一左の手にアームのパーツを着けている他に聖衣はまとっておらず、一見したところ、その姿は か弱い少女のそれ。 その身を包む強大な小宇宙がなかったら、たとえ聖域の兵をその細い腕ですべて倒されていたとしても、誰もシュンが聖闘士だと気付くことはなかっただろう。 その少女めいた少年が、臆した様子もなく教皇に彼の目的を告げる。 「聖域の聖闘士を一人、僕にください。いつでもどこでも彼と自由に会えるようにしてほしいんです」 「なに?」 アテナに それがあまりに意想外のものだったので、さすがの教皇もすぐには答えを返すことができなかったらしい。 「そのために、一度だけでいい。あなたに 僕たちのアテナと会っていただきたいんです」 「そなたの話は、飛躍が過ぎるようだが……」 「あなたは僕たちのアテナが最初に面会を求めた時、おそらく ただの 「シュンっ!」 教皇の間に飛び込んでしまってから、ヒョウガは自分が、その場の張り詰めていた空気を乱したことに気付いた。 教皇の間の入り口から玉座に続く道の両脇には、黄金聖闘士たちが全員揃っている。 幸い、既にアテナの聖闘士の申し出に驚き呆れていた彼等は、突然の闖入者に怪訝な顔を向けただけで、その無礼を咎めることもしなかった。 弟子の登場に、カミュだけが特に狼狽の色を濃くする。 「ヒョウガ……」 聖域に一人で乗り込んできたアテナ側の聖闘士と旧知の仲だということが知れたなら、あらぬ疑いをかけられかねないというのに、そんなことも考えず この場に飛び込んでくるヒョウガに、シュンは少し切なげな目を向けた。 我が身の後先など考えてもいないヒョウガが、一直線にシュンの許に駆け寄ってくる。 「教皇、シュンには聖域に対して敵意も害意も抱いていない。シュンはただ平和を――人を傷付けずに済む平和を望んでいるだけな――」 「ヒョウガと幸せになりたいんです」 シュンが、ヒョウガの言葉を遮る。 聖域と事を構えてはならないというアテナの命に逆らって、自身の真実を告げるために、シュンは、単身 この場にやってきた。 シュンは、ここで大義名分を語るつもりはなかったのである。 「僕は彼に心を奪われてしまった。アテナの聖闘士がこんなじゃ戦えない。でも、それでいい。僕は、僕が聖域に負けたことを認めます。僕はヒョウガなしでは生きられない。ですから、アンドロメダの聖闘士の敗北宣言に免じて、聖域もアテナにほんの少しだけ譲歩してほしいんです」 「自分が幸福になりたいがためだけに、そなたはここに来たのか」 「そうです」 「……」 正直に過ぎるアテナの聖闘士の言葉に、その仮面のために表情を見て取ることのできない教皇はともかく、その場に居並ぶ黄金聖闘士たちは皆、呆れた顔を呈していた。 だがもしここでシュンが『違う』と答えていれば、聖域の聖闘士たちは『綺麗事を言うな』と憤っていたに違いなく、それがわかるがゆえに黄金聖闘士たちは、ここで『そうだ』と答えてしまうシュンをただの無謀な愚か者と断ずることができなかったのである。 突飛に過ぎる要求の是非はともかく、アテナの聖闘士が努めて正直であろうとしていることだけは、彼等にもわかった。 「僕は幸せになりたい。いつでもヒョウガに抱きしめてもらいたい。そのためには平和が必要なんです。聖域とアテナの和解が必要なんです……!」 正直なアテナの聖闘士が言い募る。 「聖域は何のためにアテナと対立しているんですか。アテナはアテナです。あなたはもう わかっているはず。これまでにやってきた偽者のアテナに、ただの一人でも聖闘士がついてきましたか。青銅聖闘士の力を超越している僕の力は、アテナの側にいるからのもの、アテナの聖闘士はアテナの側にいるからこそアテナの聖闘士なんです」 「――聖域があの少女を拒むのは、それが地上の平和を守ることに繋がると考えているからだ。彼女の存在は、現に保たれている平和を乱すものだ」 「僕は正直に言った。あなたも本当のことを言ってください」 聖域を統べる教皇の言葉を、一介の青銅聖闘士がきっぱりと否定する。 シュンは聖域の統治者をまっすぐに見詰め、彼に真実の告白を求めた。 「あなたが そんなふうに頑なにアテナの登極を拒むのは、聖域の面子のためでしょう。そして、あなたの判断を信じて従ってきた聖闘士たちのためだ。これまで聖域の秩序を守るために努めてきた聖闘士たちが、アテナに仕えることが本義である聖闘士たちが、実はアテナに反抗していた事実を知らされたなら、彼等は尋常でない後悔に苛まれることになる。あなたはきっと、そんな詰まらないことを心配しているんです。あなたが、あなたを信じて戦ってきた者たちに対して思い遣り深い方なのだということはわかります。ですが、アテナの聖闘士はあなたが考えているほど心弱い者たちでしょうか」 「教皇……」 その場にいた黄金聖闘士たちが、シュンの言葉にざわつく。 おそらく彼等の中にも、アテナは真実のアテナなのではないかと思う心は既に生まれかけていたに違いない。 だからこそ、彼等は、無礼極まりない たった一人の青銅聖闘士に攻撃を仕掛けられずにいたのだ。 「会うだけでいいんです。聖域を統べるあなたが、アテナの聖闘士たちを統率するあなたが、そんな勇気さえ持てないんですか」 少女のように華奢な肢体をした青銅聖闘士の言葉に、教皇は苦悶の沈黙を守り続けている。 「偽者かもしれないアテナのために教皇を煩わせるわけにはいかない。まず私がアテナに会おう」 最初にそう告げた黄金聖闘士は誰だったのか。 他にも数人の黄金聖闘士から、同じ発言が出る。 自らの非を認める勇気を持った彼の聖闘士たちの姿を見て、教皇は、彼自身がアテナに会うことを、彼の方からシュンに申し出てくれたのだった。 |