そして、伝説の“ 叶えたい願いを抱いた者のいなくなった伝説の丘に、突然、伝説の『で』の字も信じていないような声が響く。 「魔鈴さん、全然予想と違う展開じゃん」 それは、氷河と瞬がこの丘にやってくる30分も前から、険しい丘の側面の壁に蝉がへばりつくようにしがみついて息を殺していた星矢のぼやきだった。 足許不如意の場所から山の頂の平地に身を乗り上げて、二重の緊張から解き放たれた星矢の喉から発せられる声は、ひどく不満げだった。 星矢に続いて丘の頂に飛び上がった魔鈴が、これまた不審げな声を洩らす。 「変だねぇ。願いを叶えるために苦労して辿り着いた場所で出会った二人。空には無数の星がきらめいていて、世界に二人しかいないように思える場所に、二人だけで立つ二人。普通はさ、恋の告白になるもんじゃないかい?」 心底納得できないような顔でそんなことを問われても、恋愛経験のない星矢に、恋する者たちの(しかも同性で聖闘士の)気持ちなど わかるはずがない。 星矢はただ、『それらしいシチュエーションを用意してやれば、聖闘士の分際で恋にうつつを抜かしているような馬鹿者たちは、ムードに流されて告白に及ぶだろう』という魔鈴の言葉を信じて、二人がこの場所で出会うように画策しただけだったのだ。 「あの二人が好き合っているのは確かなんだろうね?」 魔鈴は、事が思惑通りに進まなかったことの原因が自分の計画ミスにあるとは考えていないらしく、この不首尾の原因を他に求めようとして、星矢に疑惑の目を向けた。 『いつまでも煮え切らない あの二人をどうにかしたい』と可愛い(?)弟子からの相談を受け、ありもしないサンシャインヒルの伝説なるものまでを捏造したというのに、結果がこれでは、これまでのすべての手間が無駄だったことになってしまう。 「そんなの、あの二人を見てれば俺にだってわかるぜ」 「だったら、普通はさ――」 と言いかけた魔鈴とて、同性の聖闘士同士の恋の“普通”がどんなものなのか、知るわけもない。 彼女は忌々しげに、この計画の失敗を嘲笑っているような空の星たちを睨みつけた。 「やっぱり、『サンシャインヒル』なんてネーミングセンスが ダサすぎたのかねぇ」 「魔鈴さんに、この手のことを相談したのが間違いだったよ。ったく、頼りになんねーな」 「おまえはただ、あの二人で退屈しのぎをしたかっただけだろ。こういうことはね、第三者が手出ししていいようなことなんじゃないんだよ!」 昔は石ころ一つ自力で砕くこともできなかった未熟な弟子に生意気な口をきかれ、魔鈴は大いに機嫌を損ねることになった。 当事者二人が消えてしまったのなら、こんな場所に長居は不要とばかりに険しい岩場を飛び降りる。 不機嫌のせいで常より跳躍力の増した師弟は、登る時の三分の一の時間で下山を遂げたのだった。 そんな二人だったのだが。 計画の不首尾に口をとがらせながら聖域への帰還を果たした星矢を、紫龍は、開口一番、 「うまくいったようだな」 と言って、出迎えてくれたのだ。 「へ?」 間の抜けた声をあげた星矢に、紫龍が意味ありげな笑みを向ける。 「あの二人、あろうことか しっかり手をつないで帰ってきて、そこで立ち止まって」 紫龍が視線で示したのは、教皇の間のある建物の中に割り当てられている青銅聖闘士用の個室のドアだった。 「瞬が氷河の手を引いて、氷河の部屋に入っていった。あの雰囲気からして、あの二人、今頃 真っ最中だぞ」 「ええーっ !? 嘘だろ! なんでそんなことになってんだよ!」 満天の星。 世界に二人しかいないように思える場所。 そこで願ったことは、どんな願いも叶えられる――。 それは、(魔鈴曰く)完璧に演出された恋人たちのためのシチュエーションだった。 そこで恋の告白すらしようとしなかった二人が、なぜ、どうすればそんなことになってしまうのか。 星矢には全く訳がわからなかったのである。 |