「栄養士さん、喜んでいたわよ。ありがとう、瞬」
いつもなら就寝までの時間を、アテナの聖闘士たちはラウンジで過ごす。
が、ピーマンを綺麗に食べたことを「えらい、えらい」と褒められるのだけは御免被りたいと思ったのか、今夜は氷河は食事が済むと、そのまま自室にこもってしまっていた。
氷河を「えらい、えらい」と褒める気満々でラウンジにやってきた沙織は、その場に氷河の姿がないことに苦笑して、代わりに瞬に栄養士からの言葉を伝えた。
「いえ」
瞬が、いかにも急ごしらえの笑みを口許に浮かべ、力なく頷く。

星矢は、沙織の報告を聞いて わざとらしく両の肩をすくめ、それから思い切り脱力してみせた。
「瞬の言うことならきくんだ。氷河って、つくづくわかりやすい男だよな」
「この調子で、星矢の間食もやめさせてもらえると嬉しいわ。瞬、どうにかならない?」
「たとえ瞬におねがい・・・・されても、俺は うまい棒を食うのはやめないぜ。残念ながら俺は、氷河ほど素直ないい子じゃないからな」
氷河がこの場にいないのをいいことに、星矢は氷河を褒めまくりである。
素直ないい子のいないラウンジに、アテナとアテナの聖闘士たちは笑い声を響かせた。

ひとしきり笑ってから、そこに瞬の声が混じっていないことに、沙織が気付く。
自分のせいで笑われている男に同情しているのだとしても、平生の瞬なら付き合い程度の笑顔は見せる場面で、今の瞬の表情は完全に沈んだままである。
沙織は僅かに首を傾けて、瞬に尋ねた。
「なんだか元気がないわね」
「あ、いえ……」
「そう? 何か悩み事があるのなら相談してね。私には言いにくいことなら、相談相手は私でなくても構わないけど、絶対に一人で抱え込んじゃだめよ。あなたに何かあったら、氷河の手綱をとってくれる人がいなくなってしまうもの」

氷河に事寄せて、沙織が瞬自身の心配をしてくれていることがわからないほど、瞬は愚鈍ではなかった。
「はい……」
だから瞬は、少々無理のある笑顔を作って、心配顔の沙織に頷き返したのである。
彼女の優しい言葉は、今の瞬には つらいものでしかなかったのだが。

氷河は瞬にだけは従順――というのが、城戸邸に暮らす すべての人間の共通認識だった。
瞬の仲間たちは、それを、瞬に対する氷河の好意の現われと思っているようだったし、実を言うと、瞬もまた、そうなのかもしれないと思うようになりかけていたのである。
どこか こそばゆく、面映おもはゆく、だが嬉しい――と、瞬は思っていた。

数日前、それがうぬぼれにすきなかったことを思い知らされるまでは。
アンドロメダ座の聖闘士に対する白鳥座の聖闘士の従順は、ただの癖か、あるいは仲間内で見せる芸の一種でしかない――という事実に気付くまでは。






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