縁起でもない話だが、明日は冥土に向けて旅立たなければならない――というので、青銅聖闘士たちは、その夜、いつもより早めに自室に戻った。 もちろん瞬も、彼の自室である氷河の部屋に行き、平素より早い時刻に就寝した。 ちなみに、『就寝』とは『寝るために床に就くこと』であって、『就眠』と同義ではない。 こういうことに関しては何よりも習慣を重んじる氷河は、もちろん、毎日の習慣を省いての就眠など考えてもいなかった。 「明日に備えて、練習でもしておくか?」 「この体勢で?」 瞬が氷河に問い返したのは当然のことだったろう。 二人は既に全裸でベッドに入り、瞬は仰臥、氷河は伏臥していた。 つまり、氷河は瞬を自分の身体の下に敷き込んでしまっていたのだ。 「重くはないだろう?」 氷河は瞬の身体に自身の身体を重ねていたが、腕を瞬の両脇について瞬の胸が圧迫されない体勢をとっていた。 当然、瞬はさほどの重みも息苦しさも感じてはいなかった。 が、この体勢での にらめっこの練習は、あまりに間が抜けている。 瞬は氷河の冗談を一笑に付そうとして、だが、彼はそうすることができなかった。 自分を見おろし見詰めている氷河の瞳が笑っていないことに気付いて、瞬は、浮かべかけた微笑を途中で消さざるを得なくなってしまったのである。 『アテナの聖闘士による 大にらめっこ大会』などという冗談としか思えないイベントを明日に控えた今夜、氷河が瞬に向けていた顔は真顔としか言いようのないもので、瞬は思わず緊張し、その表情を硬くした。 にらめっことはいえ 勝ち負けのある戦いの一種、負けるよりは勝ちたいと氷河は思い、彼は本気でにらめっこの練習をしようとしているのか――と、瞬が訝り始めた時。 直接触れ合っていた氷河の某所が変化するのを、文字通り肌で感じ、瞬は早々にこの勝負に負けてしまったのである。 「やだ、氷河。そんなの反則」 「何が反則なんだ」 「何が……って……」 言えるわけがない。 頬を朱の色に染めて、瞬は顔を横に向けた。 氷河が、瞬のその様子を見て低く呟く。 「そんな可愛い顔をしていながら、この世に おまえほど冷たい人間はいない」 「氷河……?」 氷河が何を言ってるのか――が、瞬にはわからなかった。 氷河の声には憤りの色が混じっている。 怪訝に思って、逸らしていた視線を氷河の上に戻そうとした瞬の内腿を、ふいに氷河の手がなぞる。 「あっ……」 瞬は、反射的に目を閉じた。 その手の動きを止めさせることは、瞬にはできなかった。 初めての時には、目だけではなく脚まで閉じて 氷河の手の動きを封じるようなことをしてしまったのだが、今では身体から力を抜いて 氷河のしたいようにさせていた方が自分も気持ちよくなれることを、瞬は知っていた。 僅かに、自分から脚を広げる。 氷河の手は瞬の腿の体温より熱く、それは瞬の膝から身体の中心に向かう場所を、幾度も繰り返し撫であげた。 それだけのことで、瞬の呼吸は荒くなる。 氷河が、彼の“特別な人間”に向ける感情や意思は、激しくて強い。 その情念を我が身に注ぎ込まれることを考えるだけで、瞬の身体は怖れと期待に震えてしまうのだった。 「にらめっこは終わりだ」 氷河の指が瞬の中に忍び込んでくる。 「ああ……っ!」 瞬は身悶え、瞬の身体は 瞬自身の意思の指示を待たずに その腰を浮かせた。 「んっ……」 声を洩らした瞬の唇に、氷河の唇が重なってくる。 氷河のキスはいつも執拗で、その長いキスを受けた瞬の舌がしびれ疲れてしまう頃には、瞬の身体は瞬の意思より氷河の命令に従順になってしまうのが常だった。 そして、最後には、瞬の意思さえも、氷河の愛撫に呑み込まれてしまう。 自分の思考を自分の意思で形作ることのできる最後の瞬間に、自分は氷河に『冷たい』と感じさせるようなことを いつしてしまったのかと、考えた。 答えに辿り着く前に、氷河が瞬の中に押し入ってくる。 こうなると瞬の身体と思考は、氷河の身体と意思に従うだけのものになってしまい、瞬にできることは ただ、自分の命を永らえさせるために呼吸を深く大きくし、泣き声めいた声を洩らして喘ぐことだけだった。 |