死者の国、冥界。
そこは、死者に悔悟と贖罪を求める国。
そして、永遠の眠りと静寂の国――のはずだった。

だが、例によって、生きながらにして死者の国に赴いた青銅聖闘士たちが、永遠の静寂の国の門の前で最初に目にすることになったのは、『この門を通るものは、一切の希望を捨てよ』の銘文の下に燦然と輝く巨大な電光掲示板と、その掲示板を見上げて大騒ぎをしているアテナの聖闘士たちの姿だったのである。

電光掲示板に映し出されているものは『第一回 アテナの聖闘士による 大にらめっこ大会』のトーナメント表。
ずらりと並んだ聖闘士たちの名の下部にある数字は、どうやらその聖闘士が優勝した時、彼(彼女)に賭けた者が得られる賭け金の倍率オッズらしかった。
要するに、この大会は、聖闘士たちのにらめっこ勝負の実施と共に、勝敗予想賭博トトカルチョが為されるものであるらしい。
そして、そのトトカルチョには出場選手である聖闘士たちの参加も許されているようだった。

オッズの数字は、老師とアルデバランにそれぞれ10倍、12倍の数値が付されている他は、黄金聖闘士たちが1桁台をキープしていた。
ざっと眺めたところでは、瞬と星矢の数値が最も大きく、165倍。
瞬と星矢に限らず、青銅聖闘士はおおむね不人気だった。
紫龍が35倍、氷河と一輝が40倍。
おそらくそれは、青銅聖闘士たちの豊かすぎる感情表現が考慮された結果の数値だったのだろう。

白銀聖闘士たちには、その実力を知る者が少ないため不気味な存在と見られたのか、10倍から25倍という、それなりのオッズがつけられていた。
多少は小宇宙の大小や聖衣の格という要素も考慮されているのか、優勝候補の一角と言われているらしい猟犬座ハウンドのアステリオンがアルデバランと同じ12倍で、その倍率は魔鈴、シャイナと同じものだった。

「シャカに目を閉じていることを許すのかどうかが勝敗の分かれ目のような気がするな」
「アルデバランはすぐに戦いを放棄して、呵呵大笑して終わりだろう」
「アイオリアも似たような展開になるんじゃないか」
「老師は、最初から、ふおっふぉっと笑って登場しそうだ」
「ミロの衣装が問題だ。聖衣着用できたら、サソリの尻尾が動くのを見ただけで笑いたくなる」
「カミュは自分ではクールなつもりでいるらしいが、なにしろあのキグナスの師匠だし」
「アフロディーテが、バラを加えて登場してきたら、笑うしかないと思うが」
「サガがすっぽんぽんで出てきたら、やはり笑うしかないだろう」
「サガは嘘でも偽でも元教皇だぞ。笑ったら、殺されるんじゃないか」
「俺たちはもう死んでいる。怖いものはない」
「おお、それを忘れていたぜ!」

トーナメント表――というよりオッズ表の下で わいわいと盛り上がっている白銀聖闘士たちの様子を見て、星矢たちは、白銀聖闘士たちが目立たない訳が何となくわかったような気がしたのである。
自分の試合の勝敗より、トトカルチョでの勝負優先。
これでは、戦いがメインの仕事である聖闘士たちの中で目立つことは無理な話というものだった。
しかし、トトカルチョに盛り上がっている彼等は、誰もが皆、実に楽しそうである。
彼等の賭け金は、彼等の葬儀の際に地獄の河の渡し賃として副葬されたオロボス硬貨1枚。
そのたった一つの財産の行方がかかっているだけに、彼等は必死かつ真剣そのもので、このトトカルチョに臨んでいるようだった。

「俺も一口噛みてーなー。こんなことなら、金持ってくるんだった」
白銀聖闘士たちによる大騒ぎを見ているうちに、星矢は彼等の真剣な様子が羨ましくなってきたらしい。
熱中できるものを持つ人間は、彼が熱中しているものが何であれ、人の目には生き生きと輝いて見えるものなのだ。
星矢のぼやきを聞いた瞬が、
「あ、僕、少しだけ持ち合わせあるよ」
と、どこからともなく100円硬貨を数枚取り出す。
「はい、氷河と紫龍も」
瞬から100円硬貨を手渡された星矢は、突然 爛々と瞳を輝かせて再びトーナメント表に視線を移し、氷河と紫龍は――彼等も結局は星矢にならった。

それぞれの判断で、それぞれに100円のトトカルチョ・チケットを購入すると、アテナの聖闘士たちは いよいよ『第一回 アテナの聖闘士による 大にらめっこ大会』会場へ向かうことになったのである。






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