決勝戦は、結局クレームが受け入れられることなく、そのまま続行されることになった。
大会運営側で調査したところ、瞬の優勝に賭けていた者はいなかったのだが、氷河に賭けている者は皆無ではなかったのだ。
賭けをやり直すことはその人物の権利を侵害することになる――というのがアテナの意見で、その意見に異議を唱えられる者は、聖闘士たちの中にもギリシャの神々の中にも いなかったのである。

そうして始まった『第一回 アテナの聖闘士による 大にらめっこ大会』決勝戦。
観客たちの関心は、2人の青銅聖闘士の勝負の行方より、氷河の優勝に賭けていたという奇特な人物はいったい誰なのかという問題の方に移ってしまっているようだった。
そんな中、「にらめっこしましょ、あっぷっぷ」の合図を受けて、氷河と瞬が見詰め合う。もとい、 睨み合う。

勝負は15秒でついた。
氷河の視線――つらさと哀しさと切なさと苦しさが込められた――つまりは、瞬を好きで好きでたまらないと訴える氷河の視線の中に我が身を置くことになった瞬は、ひどく幸福な気持ちになり、思わず微笑まずにはいられなくなってしまったのである。
要するに、氷河曰く“クール”な瞬は、より人間的で温かい氷河に あっさり負けてしまったのだった。
にらめっこの勝負にもトトカルチョの結果にも既に自分自身は無関係になっていたとはいえ、それなりに緊張して2人の勝負の行方を見守っていた星矢は、あまりにもあっけなくついてしまった勝負への憤りを隠すことをしなかった。

「なんだよ! こんなに簡単に瞬が負けるなんて、今まで勝ってたのは何だったんだよ! ったく、瞬のどこがクールだって !? 」
自分の損得には無関係なことに心の底から腹を立てているらしい星矢に、瞬が、すまなそうに謝罪する。
「ごめんね。氷河が生きているのを見たら、つい嬉しくなっちゃって」
瞬が嬉しそうに そう言って、彼が命を懸けて守った命の持ち主を見やる。
瞬ののろけに、星矢はわざとらしく大袈裟にしらけた顔を作ることになった。

「てことは、結局、氷河の方が瞬よりクールってことになるのかよ?」
クールであることがにらめっこの強さに連動していないことは、瞬に言われて承知していたのだが、生きている氷河を見るだけで つい笑ってしまうような瞬をクールな人間と思うことは難しい。
それ故、星矢は そうぼやいたのだが、彼の言葉は紫龍の低い囁きに打ち消された。

「そう言い切ることはできないぞ。今、沙織さんから聞いてきたんだが、氷河に賭けていた奇特な人物というのは瞬だったらしい。瞬ほどではないにしろ、氷河のオッズも40倍。掛け金40倍の大穴だ。瞬はかなり儲けただろう」
すっかり二人だけの世界に没入している氷河と瞬を横目で見やりながら、改めて紫龍が、瞬の“計算高さ”を持ち出す。
星矢はあまり気乗りしていない顔で、首を横に振った。

「100円が4000円だろ? たかが3900円のために、アテナの聖闘士が八百長なんてするわけないじゃん」
「いや、それが……。瞬は、俺たちに100円を配ったせいで手持ちの金がなくなったんだ。で、ハーデスのYOURS EVER のペンダントを賭けたらしい。あれは純金で50グラムはあった。時価で13万、40倍で520万だ」
「うげ……」

ほんの一瞬 微笑むだけで500万が己が手に転がり込むとなると、いかに金に執着のない瞬でも、つい微笑みたくなってしまいたくなることもあるかもしれない。
肌に馴染んだペンダントを失うことと、500万の賭け金を手に入れること。
そのどちらに転んでも誰にも損害を与えることはないのだとしたら、クールな瞬は、その二者を秤にかけて微笑むことを選ぶかもしれない――。

「ペンダントを手放さず、ついでに500万を手に入れるために、瞬がわざと負けたってこともあり得るわけか。氷河に賭けてたのなんて、瞬くらいのもんだろうし……。してみると、やっぱ瞬がいちばんクールなのかなー」
「だが、瞬が本当に計算高いクールなら、そもそも瞬は最初から氷河に賭けたりはしなかったろう――という理屈も成り立つ」
「なるほど」
これまた至極尤もな見解である。
星矢は、紫龍の意見に頷かないわけにはいかなかった。

この戦いに最もクールな態度を示した者はいったい誰だったのか――考えれば考えるほど星矢の混乱は大きくなる。
結局、アテナの聖闘士の中で誰が最もクールなのかはわからないまま、そして試合のクライマックスの盛り上がりにも欠けたまま、『第一回 アテナの聖闘士による 大にらめっこ大会』は終わりを告げることになったのだった。






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