瞬が気を失っていたのは、ほんの10分ほどのことだった。 客人の顔に驚き昏倒してから10分後、氷河によって運ばれたラウンジの長椅子で、瞬は意識を取り戻した。 氷河と星矢と紫龍が、心配そうに仲間の顔を見詰めている。 そして、例の客人も、おそらくは誰に招き入れられたわけでもないのに 聖闘士たちの休憩室に入り込み、氷河たちの後ろから瞬の顔を見おろしていた。 その客人の顔を認めた途端、瞬がつらそうに顔を歪める。 敏捷さが売りのアンドロメダ座の聖闘士にしては のろのろとした仕草で椅子の上に上体を起こした瞬は、そうして、仲間と客人の前でさめざめと泣き出してしまったのだった。 「僕の兄さんにこんな趣味があったなんて……!」 瞬は本当に涙を流しており、客人は瞬に反駁しない。 では、本当にそうなのだろうか――? と、瞬の仲間たちは思わないわけにはいかなかった。 それでも信じ難い表情で、紫龍が、瞬の兄の顔をした女性を嫌そうに見やる。 「女装ならともかく、これは趣味の範疇を超えているぞ。――この女性は本当に一輝なのか?」 「この人が僕の兄さんでなかったら、僕に兄さんなんていませんっ!」 「……」 瞬がそう言うからには、やはり“彼女”は一輝なのだろう。 だが、こんな事態になっても、肝心の“一輝”は沈黙を守り続けている。 瞬の涙と 不愉快で暑苦しい顔、そして、どうにも認め難い瞬の主張。 混乱した氷河は、初対面の女性に対して、つい声を荒げてしまっていた。 「おい、なんとか言ったらどうなんだ!」 「なんとか言えだと?」 一輝の顔をした大柄な女性が必要以上に沈黙を守り続けていた訳――必要なことも言おうとせずにいた訳――を、氷河たちは即座に理解することになった。 「俺は瞬の兄だ」 そう言った“一輝”の声の音域は、男装の麗人オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェを演じる田島令子、ニーベルンゲン・リングをはめられて人変わりしたポラリスのヒルダを演じる堀江美都子並みに、見事なアルトだったのだ。 無論、声は肉体が作るものである。 男性と女性では声帯の構造が違うのだし、女性の身体がバスやバリトンの声を発したとしたら、それはそれで不自然なことだったろう。 瞬のように正真正銘の男子でありながら、少女のそれとしか思えない声の持ち主もいるが、瞬はそもそも顔立ちや体格が少女めいているので、その声はさほど珍奇なものには感じられない。 しかし、一輝の顔でアルトの声というのは、宇宙の驚異そのものだった。 と、それはともかく、そのアルトの声で、客人当人が 自分は瞬の兄であると自己申告したのである。 これは、では、本当に瞬の兄(の成れの果て)なのだ――と思った途端に、氷河は吐きそうになった。 が、この場で誰よりもショックを受けているはずの瞬が健気に耐えているというのに、赤の他人の氷河が吐くわけにはいかない。 彼は、懸命に耐えた。 瞬のために――彼は耐えたのである。 |