「子供なら、家族以外の者は諦めがつく。マヤの一員として何の仕事にも就いていない子供が神に捧げられても、現実問題として困る者は誰もいない。王族は、いざという時、その身を神に捧げる義務を課せられているがゆえに贅沢な暮らしが保証されている。そなたは子供ではないが若すぎる。才が惜しい。美しすぎる――」
今にも剣を抜きそうな兄とヒョウガを制して神殿に赴いたシュンに、神官長が告げた言葉がそれだった。

無論、だからどうしろとは、彼は明言はしなかった。
それをシュンに伝えたのは、シュンの世話を言いつかったという若い神官見習いの男で、彼は、シュンをシュンのために用意された部屋に案内する際、
「早朝、警備の者が交代する時刻に見張りは手薄になります」
とシュンに耳打ちしてきた。

いわゆる知識層であるがゆえに、神殿に住まう者たちは、神がいかに曖昧模糊とした存在であるかを知っているのだ。
その点で言えば、武人であるシュンの兄やヒョウガ、一般の農民たちの方が、神への信仰心は強いのかもしれなかった。
神殿とそこに住まう者たちは、神の意思に従うためというより、神を信仰する人々の心を統率するために存在する者たちなのだろう。

シュンは、自分がどう動くべきなのか、あるいは動くべきでないのかの判断がつかなかった。
シュンとて、神というものへの疑いは抱いていた。
しかし、それは、人間にとって必要不可欠なものである――という考えも、シュンの中にはあったのである。
神という大きな力を持つものが存在しなかったなら、人は 人の自由を制限する規律を守れなくなり、一つの国、一つの社会を維持することは困難になるに違いないと、シュンは考えていた。
神を否定することは、社会という組織の一員である人間にとって、この上なく危険なことなのだ――。






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