「頭から水でもかぶってくる!」 『焼け石に水』という言葉を、おそらく瞬は知らないのだろう。 知らないからこそ、瞬はそんな言葉を残して仲間たちの前から姿を消したのだ――と、星矢は思った。 瞬が最近毎日――というより、常時――苛立っているのは、誰にも否定できない明白な事実である。 瞬がその外見通りに少女だったなら、『欲求不満の主婦』に例えることに遠慮も覚えないほどに、最近の瞬はいつも神経をぴりぴりと尖らせていた。 「瞬って、ちょっと前までは あんなぎすぎすした奴じゃなかったよなあ?」 「何かあったのか?」 星矢の呟きを聞いた紫龍の視線が、氷河に向く。 「告白して振られたというふうにも見えないが」 別に瞬への好意を公言していたわけではなかったのだが、自分の気持ちが紫龍に知れてしまっていることに、氷河はさほど驚きを覚えることはなかった。 殊更声高に主張してはいなかったが、隠していたわけでもない。 長い付き合いの仲間たちに ばれない方がおかしいのだ。 それはさておき、紫龍の推察通り、氷河はまだ瞬に告白の一つもしていなかった。 当然瞬に振られることもない――というより、できない。 「俺こそ知りたい。瞬はなぜ俺を避けているんだ。 「 言葉尻を捉えて氷河をからかった星矢は、しかし、その後、おもむろにその首をかしげることになったのである。 確かに瞬はここのところ氷河を伴わずに外出することが多くなった。 が、それを 瞬が氷河を避けていることだとは、星矢は認識していなかったのである。 「避けてるか? 瞬がおまえを?」 「……」 氷河が無言で、肯定する。 とはいえ、氷河は、言葉にして『そうだ』と断言できるほどの確信を得ているわけではなかった。 瞬の避け方は、氷河自身が『避けられている 得たくもない確信を手に入れるために さりげなく探りを入れると、瞬は、『氷河の彼女に見られるのが嫌だ』、『暑い中、氷河を連れ回すのは気が引ける』等の、納得しようと思えば納得できないこともない答えを返してよこす。 だが、氷河は、瞬が自分を避けるようになったのは、そういったこととは全く別のところに原因があるような気がしてならなかったのだ。 「瞬の奴、氷河を避けてる……かなあ」 いずれにしても、瞬が一人での外出を好むようになる特別な事件が二人の間にあったわけではないらしい。 となれば、氷河にわからないことが、この件に関しては部外者であるところの星矢や紫龍にわかるはずがなかった。 氷河を伴わないようになってから、瞬の外出は以前よりずっと その頻度が増していた。 どんな用があるのか、行く先も目的も告げずに毎日必ずどこかに出掛けていき、外出時間も日を追うごとに長くなっている。 瞬はいったい何のために長時間の外出を繰り返しているのかと、瞬の仲間たちが訝ることになったのは、ある意味当然のことだったろう。 『氷河を伴わずに』というところに、現状把握の糸口がある――と、瞬の仲間たちは察していた。 瞬が 以前とは違う目的のために外出を繰り返しているのは確実なのだ。 そして、おそらく、その目的は、一人でなければ達することのできないものであるに違いない。 仲間の行動を不審に思った星矢が――こちらは正真正銘、暇を持て余していた――外出する瞬の尾行を企てたことは、これまたごく自然な成り行きだったかもしれない。 |