(なにーっっ !? )
それは、昨日から数えていったい何度目の絶句だったろう。
驚きのあまり声や言葉を失うという、年に1度あるかないかの行為を、星矢は昨日と今日の2日間だけで数年分の回数をこなしてしまっていた。

しかし、星矢の驚愕の時は、さほど長くは続かなかったのである。
その驚きを打ち消すように、様々な疑問が次から次へと星矢の上に降り注いできたせいで。
まず、何よりも星矢に奇異の念を抱かせたのは、『瞬の顔が世界でいちばん嫌いだ』と放言した男が、世界でいちばん嫌いな顔の持ち主を相手に、その行為に及んでいる――ということだった。
次に、二人の様子がどう見ても、これが初めてのことではないように見えること。
第三に、それが決して氷河の無理強いによるものではなさそうなこと――だった。

瞬は、その腕を氷河の背中にしっかりとしがみつかせていて、
「あっ……ああ、氷河、僕、もう……ああっ」
とか何とか、“可愛らしい”鳴き声をあげ、氷河に甘えるように何かをねだっている。
振り払われまいとするかのように氷河の浅黒い背に回されている瞬の細い腕は、頼りなく健気にも見えたが、これを世間一般で言うところの『健気』とひとくくりにしてしまうことに、星矢は大いなる抵抗を覚えた。

ともかく、このままここに馬鹿のように立ち尽くし、氷河と瞬の性行為を最後まで見届けてしまうわけにはいかない。
星矢は、強張り動こうとしない自分の足を懸命に動かし、少しずつ後ずさることを始めた。
そして何とかその身体を廊下にまで運ぶ。
あとは音を立てずにドアを閉めるだけだと思ったところで、まるで星矢の努力をからかうかのように、瞬の部屋のドアは嘲笑めいた音をたてて軋んでくれたのだった。

それまで彼が世界でいちばん嫌っているものを見詰めていた氷河が、音のした方にちらりと視線を投げてくる。
星矢は、素早くドアの陰に我が身を隠したのだが、氷河の視線から逃れきることができたのかどうかについて、彼は全く自信を持つことができなかった。

物音の正体に気付いて――あるいは、不審に思っただけだったのかもしれないが――氷河はその行為を中断したらしい。
「氷河、やだ、やめないで。もっと動いて」
瞬が可愛ら・・・しい・・声で哀願を始める。
やはり気付かれたのかと、星矢はドアの陰で背筋に冷たい汗を伝わせることになった。

氷河はもしかしたら、仲間の出歯亀に気付いて その運動をやめたのではないかもしれない――という微かな希望を星矢が抱いたのは、氷河がそれ以上不審な音の追求をしようとはせず、すぐにその視線と意識を瞬の上に戻してしまったからだった。
「駄目だ。簡単にいい気持ちにさせてやると、おまえはすぐに俺を忘れて、自分だけの快楽に夢中になるからな」
彼は瞬の哀願をにべもなく拒絶したが、それは、彼に慈悲を求めてきた者が 彼の大嫌いな生き物だからではないようだった。

それでも、氷河の拒絶は、瞬にはかなりの苦痛だったのだろう。
「そんな……ああっ……!」
瞬は室内に切なげな悲鳴を響かせた。
その声は、もちろん、“健気で”“可愛らしい”響きをもった声だった。
星矢はもはや、『健気』とはどういう意味で、『可愛い』とはどういう状態を表す言葉なのかが わからなくなりかけていた。

「我慢しろ」
「お願い、動いてっ」
瞬は 自らが欲する刺激を得るために、必死に自分でも動こうとして身悶えている――らしい。
だが、それだけでは、瞬の求めるレベルには圧倒的に力が足りない――らしい。
瞬は、完全に泣きながら、氷河の名を叫んだ。
「氷河……っ!」

「……仕方ないな」
健気で可愛らしいものに ほだされてしまうのは、氷河も他の人間と同じのようだった。
結局、彼は瞬の哀願に負け――無論、彼自身の内なる欲求の影響もあったろうが――瞬の求めに応じ始めた。
「あっ……あっ……あっ……ああ!」
考えるまでもなく、瞬の喘ぎは、氷河の律動に合わせて発せられている。
その声は徐々に かすれ、やがて荒い息使いだけに変わっていった。

これ以上ここにいると、瞬の最後の声まで聞かされることになる。
そう悟った星矢は、細心の注意を払って、再びじりじりと瞬の部屋のドアを離れるための後退を開始した。
瞬の部屋のドアと我が身の間に確実に5メートルの距離が置かれたところで、星矢は脱兎のごとくその場から逃げ出したのである。






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