「瞬はアンドロメダ島では泣いていなかったか。アンドロメダ島ではどんな修行をしていたんだ」
「怪我をしたり、大病を患ったりしたことは?」
「アンドロメダ島で、瞬は少しでも幸せだったのか――」

『トーキョーにしかないものが見たい』というリクエストをした美少女を、あろうことかトーキョータワーに連れて行く氷河のセンスには大いなる不満を抱きはしたが、その後移動したティーラウンジで、アンドロメダ島での瞬の様子ばかりを尋ねてくる氷河に、ジュネは好感を抱きつつあった。
ひどい いじめっ子だったという瞬の話から、ジュネは、氷河はもっと ひねくれた言動をする男なのだろうと思っていたのである。
目の前の美少女に世辞の一つも言わず、瞬のことばかりを訊いてくる氷河を見て、思っていたより はるかに素直な男ではないかと、ジュネは認識を改めることになった。

「そんなこと聞いてどうするの。楽しい修行生活なんかしてて、聖闘士になれる奴がいるわけないだろ」
「それはそうだが……そうなんだが――」
氷河が、いじめっ子らしくない様子で口ごもる。
この時点で、ジュネの疑念は確信に変わっていた。
氷河が幼い頃にどれだけ瞬をいじめたにしても、その根底にあったものは瞬への好意だったのだと。
そして、おそらくその好意は今でも変わっていない。
ならば、ジュネにとって氷河は“敵”ではなかった。

「瞬は毎日泣いてたよ。でも、それは修行がつらかったからじゃないと思う。なにしろ瞬は寂しがりやだからね」
自分を強者だとうぬぼれたことがないが故に 人の心を見通す技に長けた瞬が、なぜこのいじめっ子の心底にある好意に気付かずにいるのかと訝りながら、ジュネは、氷河が知りたがっていることを彼に知らせてやった。
ジュネの言葉を聞いた氷河の瞳が曇る。
と同時に、氷河は、ジュネが有効な情報源たり得ることを認めたらしい。
彼は重ねてジュネに尋ねてきた。

「アンドロメダ島には、瞬の師とおまえ以外にも誰かいたのか」
「アンドロメダの聖闘士候補が何人もいたよ」
「そいつらは瞬を――その……いじめたりはしなかったのか」
「そういう奴等からは、あたしが守ってやった。ただ、私にもどうにもできない強敵がいて――」
「それはどんな奴だ」
「クラゲ。毎年夏場には大量発生してねー。注意はしてるんだけど、海に入ると どうしてもさ。あればっかりは避けようがないんだよ」
「クラゲ……?」
「そ。アンドロメダ島のいたみんなは、年に1度は揃ってクラゲに刺されて、先生が看病に大わらわすることになってたね。あれが、アンドロメダ島で瞬が患った唯一の大病といえば大病かな」

ジュネが大仰に肩をすくめてみせると、氷河は気を安んじたのか、微かに――注視していないと見逃してしまいそうなほど微かに――その瞳だけで微笑した。
アンドロメダ島での瞬の生活が さほど悲惨なものではなかったことに安堵し、楽しいばかりのものではなかったことに胸を痛めている――氷河の作った笑みは、そういう笑みだった。

「そうか、瞬もつらい思いをしたのか……」
そう呟きながら、自分の経験した つらさには言及しない。
ジュネには、氷河が瞬の言うほど悪い男には思えなかった。






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