氷河の目的は、瞬に知られずに、自分の知らないアンドロメダ島での瞬の6年間の情報を得ること。 特に瞬が経験した つらさ、悲しさ、寂しさの類を知ること、そして瞬が好意を抱いた人間、抱かれた人間の存在の有無を確認すること――のようだった。 それはジュネにはすぐに察することができた。 というより、そのことは、氷河がジュネを 農協の団体旅行客でごったがえすトーキョータワーに連れていった時点で、大方 見当がついていた。 女の気を引くことが目的なのであれば、いくら勝手のわからない久し振りの故国とはいえ、氷河はもう少し小洒落た場所にジュネを伴っていたはずなのだ。 肌の露出もあからさまな美少女を美少女と認識していない氷河への当てこすりも兼ねて、ジュネは思い切り勿体ぶりながら、アンドロメダ島で瞬が過ごした日々を氷河に語ってやった。 とはいえ、6年分の瞬の情報をほんの数時間で伝えきれるものではない。 当然、翌日もそのまた翌日も、氷河とジュネは連れだって城戸邸を出ることになった。 そんな二人を、穏やかならぬ目で見詰める人間が一人。 瞬が、毎日 「ジュネさん、今日も氷河と出掛けるんですか」 外出の準備を整えてラウンジに下りてきた姉弟子に対して、努めて感情を表に出さないように瞬が気を張っていることは、ジュネにはすぐわかった。 伊達に6年間 瞬を見守ってきたわけではない。 瞬が自らを偽ることが不得手なことも、どうすれば その本心を吐露させることができるのかも、彼女はしっかりと心得ていた。 「ああ。氷河って、結構いい男じゃないか。少しマザコンの気があるみたいだけど」 「氷河はジュネさんにマーマのことまで話したの……!」 知り合って僅か数日の相手に、氷河がそんなことまで話して聞かせたという事実は、瞬には信じ難いことだった。 それは氷河にとっては何よりも大切で、可能ならば自分の胸の内だけにしまっておきたい思い出のはずなのだ。 少なくとも行きずりの人間に軽々しく話すようなことではない――話すはずのないことだった。 しかし、ジュネは愉快そうな目をして、 「有名なんだろ、氷河のマザコンは。他から間違った情報を吹き込まれるよりは――って、自分から話してくれたよ」 「氷河が自分から――?」 ジュネの言葉を聞いて、瞬は その頬をさっと青ざめさせた。 では氷河は、ジュネを行きずりで終わる存在だと思っていないことになる。 それは、瞬の頬を蒼白にするのに十分な力を持った衝撃的な事実だった。 もっとも、瞬の頬を青ざめさせたジュネの言葉は、事実とはかなり違っていたのだが。 実際は、アンドロメダ島での瞬のことを教える代わりに氷河自身のことを教えろと、ジュネが氷河に迫り、氷河はしぶしぶジュネに問われたことに答えただけだった。 ジュネが氷河のことを聞き出そうとしたのは、これから自分に代わって瞬の側にいることになる人間の人となりを確かめておきたいと思ったから。 そして、その事実を曲げて瞬に伝えたのは、瞬の本心を探り出すため、だった。 「あのいじめっ子は結構優しいとこもあるよ。誰にでも愛想よくしないのは、かえって美徳かもしれないね。あたし、いっそのこと、島に帰るのやめて、ずっと氷河の側にいようかなー」 ジュネの口調に からかいと挑発の意図が混じっていることに、平生の瞬ならば気付いていたはずだった。 瞬は本来は、自分の心より他人の心を見、観察し、 自分が生き延びるための手段として、瞬はその術を自然に身につけた少年だった。 しかし、今日の瞬は、姉弟子のその言葉が挑発だということにさえ気付いていない。 瞳に涙をにじませて、 「ジュネさんのばかっ。本気にならないでって、あんなに言ったのに!」 と、瞬が彼の姉弟子を責めてきた時点で、ジュネは、瞬が対峙する人間の心を見透かす冷静さを失うのは、それが氷河に絡んだものである場合に限るのだということを確信したのである。 となると、氷河がいじめっ子だったという瞬の認識も、甚だ疑わしいものになる。 「おまえは氷河にいじめられなくなればいいんだろ。もう大丈夫だよ。氷河はあたしに夢中で、おまえをいじめるどころじゃないから」 瞬の瞳を潤ませているものに気付かぬ振りをして、ジュネは更に瞬の狼狽を煽り立てるように そう言った。 長幼の序を厳に守り、これまで1度たりとも目上の者に反抗的な態度を見せたことのない瞬が、責めるような目をしてジュネを睨みつける。 ジュネは、そんな瞬にたじろぐどころか、ぞくぞくするほどの興奮を覚えていた。 瞬のそんな表情を、ジュネはアンドロメダ島ではついぞ目にしたことがなかったのだ。 「瞬、おまえ、本当は――」 本当はあのいじめっ子が好きなんじゃないのかい? ――とジュネが言いかけたところに、タイミングがいいのか悪いのか、当のいじめっ子が現れる。 「ジュネ。今日は国会議事堂でも見に行くか?」 瞬の情報を得るためには、まずトーキョーにしかないものをジュネに見せなければならないと思っている氷河の何気ない一言が、シュンの忍耐の限界を超えさせてしまったらしい。 ジュネの見たことのない我儘な子供の表情で、次の瞬間、瞬は氷河を怒鳴りつけていた。 「ひょ……氷河なんか……氷河なんか大嫌いだっ!」 「なに?」 突然思いがけない言葉を投げつけられた氷河が、豆鉄砲を食らった鳩のように、その目を見開く。 彼は、自分が連日若い金髪美人を伴って外出していることが、第三者の目にどう映るのかを考えたこともなかったらしい。 氷河は、何が瞬の心を乱しているのか、まるでわかっていないような顔をしていた。 「ジュネ。瞬はいったい何を怒っているんだ?」 言いたいことだけを言ってラウンジを飛び出していった瞬が開け放したドアを見詰めながら、氷河がジュネに尋ねる。 「あたしが知るかい。追いかけていって、本人に訊きな」 自分以外の人間の目を全く意識していない男と、その男に関することでは周囲も我をも見失う瞬。 この二人がつるんだら どういうことになるのか――先行きに不安を覚えながら、ジュネは吐き出すように氷河に告げた。 |