「ヒョウガはどうして僕が恐くないの? どうして僕が……気持ち悪くないの」 「なに?」 ヒョウガの身体は満足したようだったが、彼の心は完全には満足していないらしい。 シュンの身体の中に 心ではないものを放ったあとも、彼はシュンと触れ合うことをやめようとはせず、それゆえ、ヒョウガの心はシュンに筒抜けだった。 「僕は人の心が読めるんだよ。普通の人は……」 その事実を知った大抵の人間はシュンを恐れ、忌避した。 シュンの力の有益を認め利用した王でさえ、シュンには決して触れようとはしなかった。 自分は清廉潔白だと信じている聖職者でさえ そうだったのだ。 人は誰も己れの清らかさに自信を持っていない。 そう信じざるを得ない経験を積んできたからこそ、ヒョウガの恐れの無さが、シュンには不思議でならなかった。 「それは、まあ……俺も自信を持って人に自分の心をさらけだせるほど高潔な人間ではないが――人の心なんて、俺にもわかるぞ」 「え……」 まさかヒョウガも自分と同じ力の持ち主だったのかと シュンは驚いたのだが、事実はそうではないようだった。 その点に関しては、ヒョウガは“普通の人”であるらしい。 しかし、彼は、得意そうに彼の読みをシュンに語った。 「おまえは、俺に抱かれることを嫌がっていなかった。気持ちよかった。これきりで終わらせたくないと思っている」 「……」 その通りだったのだが、シュンはすぐに首肯することができなかったのである。――恥ずかしくて。 シュンが何も答えずにいると、ヒョウガは僅かに心配そうに眉根を寄せることをした。 「俺のうぬぼれだったか?」 シュンは、それにはすぐに首を横に振った。 「ううん。ただ、どうしてわかったのかって思っただけ」 「見て、感じて、誰にだってわかることじゃないか。おまえの瞳と表情と身体を読んだんだ」 そう答えてくる間にも、ヒョウガはシュンの肩をしっかりと抱きしめている――シュンに触れている。 (俺のものだ。もう離さない。離れられない――) 間断なく流れ込んでくるヒョウガの思いに、シュンは気が遠くなりそうだった。 ヒョウガと離れなければ、彼の思いに押し潰されかねないと思うのに、ヒョウガはシュンを離そうとはせず、シュンもヒョウガから離れることができない。 そんな自分を、そして、ヒョウガが、シュンは不思議でならなかったのである。 自分を他者より利口と信じて思い上がり、人の心の裏をかこうとして頭を働かせている者たちの心は、ここまで濃密ではなかった。 彼等の心は純粋ではないのに単調で画一的で、シュンは彼等の心を たやすく読むことができた。 だが、ヒョウガの心は、そこにある思いは、不純なものがないにも関わらず、幾重にも重なり、力強く、果てがあるのかどうかさえわからないほど深く、シュンにはどうしても彼の心を読み切ったと確信することができなかった。 その心に触れているだけでも 気が遠くなりそうな陶酔に襲われるのに、その上、ヒョウガの身体は生きていることを謳歌するように熱く、ヒョウガの愛撫は快い。 ヒョウガから離れられなくなったのは自分の方なのだと、シュンは認めないわけにはいかなかった。 「僕……人に こんなに強く抱きしめてもらったのは 初めてなの。これまでは、誰も僕に触れようとしなかった。僕も人の心に触れるのが恐かったし」 あの つらい時間があったから なおさら、今この幸福を失いたくない。 ヒョウガは、まるで本当にシュンの心を読みでもしたかのように、すぐにまたシュンを抱きしめてくれた。 「おまえの目と身体は、これからもずっと俺と一緒にいたいと言っている」 「ヒョウガってすごい。何でもわかるんだね。うん、そう。僕はずっとヒョウガと一緒にいたい。もっといっぱいヒョウガに抱きしめてもらいたい。ヒョウガが欲しい」 「だと思った」 シュンの望みは、もちろん すぐに叶えられた。 |