女神アテナこと城戸沙織が、1ヶ月振りに日本に帰ってきた。
彼女は何やら浮かぬ表情で――というより、疲れた様子で、彼女の聖闘士たちの前に現われ、そして彼女の聖闘士たちの顔を見ると、ほっと安堵したような溜め息をついた。

「どうしたんです」
アテナを出迎えるために立ち上がった紫龍が、再度椅子に腰をおろしながら沙織に尋ねる。
「黄金聖闘士たちが……」
その先を言葉にするのも億劫そうに、沙織は軽くその肩をすくめた。
もちろん、彼女の聖闘士たちは、それでおおよそのところを察することができたのである。

「おっさんたち、また何か変なことでも始めたのか」
「奴等の非常識な言動は矯正のしようがない。諦めた方がいい」
「彼等も、あなたにだけは そんなことを言われたくないと思うわ」
女神アテナこと城戸沙織と青銅聖闘士たちの付き合いは長い。
彼女の歯に衣着せぬ物言い――つまりは、辛辣に事実を語る言葉――に氷河が腹を立てないのは、彼女が女神アテナだからという理由によるものではなかった。

「彼等は――まあ、個性が強いし、何かと単独行動が多いでしょう。たまには仲間同士語らってみたらどうかと、ミーティングの場をセットしてみたの。とりあえず、『地上の平和はいかにすれば実現できるか』という議題を用意して。そうしたら――」
「そうしたら?」
そのミーティングの様子を沙織に語らせるのも気の毒と思っているような声音で、瞬が先を促す。
沙織は、一度短く吐息した。

「まともな意見は一つも出てこなかったわ。みんな好き勝手な暴論ばかり吐いて、そもそもディスカッションにもなっていなかったような気もするけど……。力がなければ正義は行なえないのだから、より強くなるためのカリキュラムを作るべきだだの、敵の襲撃を待たずに先手を打つべきだだの――積極的なのは悪いことじゃないけど、やたらと好戦的で、自分たちのことしか見ていないせいか、頓珍漢な意見ばかりで――」

「もともと頓珍漢なおっさんたちばっかりだから」
黄金聖闘士たちは、一般的には決して『おっさん』と呼ばれるほどには歳を経ていないのだが、彼等が青銅聖闘士たちをヒヨッコ呼ばわりしてくれるので、青銅聖闘士たちも礼儀として、彼等に年配の男性に対する呼び名を用いることにしていた。
悪気は(あまり)ない。

「最後にはね、神々は人間の見苦しい生活態度にクレームをつけてくるんだから、敵に侵略の大義名分を与えないように、聖域はもっと積極的に人類の矯正に取り組まなければならない――なんて傲慢な意見を出す者も出てきたわ。そういうことは、人間の意思と自覚に任せるべきことなのに」
その意見を誰が言ったのか、心当たりが一人二人では済まなかったせいもあって、青銅聖闘士たちは苦い笑みを浮かべることしかできなかった。

「そして人間は救いようがないとわかったら、さっさと見捨てるわけですね」
「ええ、私も神のはしくれですもの」
紫龍の言に、沙織は自明の理を語るかのように気楽に微笑み頷いた。
それが、人類を信じ期待しているからこその言葉なのだということはわかっている。
そして、彼女は決して人間という存在を諦め見切ることはないということも、青銅聖闘士たちにはわかっていた。
わかってはいたのだが――アテナの強大な力に思いを馳せ、彼女の聖闘士たちは背筋を凍りつかせることになったのである。
そういうことを、笑顔で言うから、アテナは恐ろしいのだ。

「『聖闘士星矢』のラスボスは、アポロンやゼウスなんかじゃなくアテナだぞ、絶対」
紫龍がひそりと仲間たちに囁く。
星矢たちは同意して頷いた。






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