「氷河、なに……」 「大人しくしていろ。そうすれば、優しくしてやらないこともない」 脅すようにそう言って、氷河は、寝台の上に仰向けに倒された瞬の内腿に手を伸ばしてきた。 瞬の身に危害を加えようとしているにしては、氷河の手と指は瞬の肌の上を不思議な強弱をつけてなぞるばかりで、瞬は氷河が何をしようとしているのか、その目的がわからなかったのである。 氷河が瞬に害を為そうとしているのは確かだった。 いつも大切なものを見守るように瞬に向けられていた氷河の瞳が、これまで見たこともないほど冷たい光をたたえている。 にも関わらず――その冷たい眼差しとは裏腹に――氷河の手は瞬を優しく愛撫するばかりで、それゆえ、瞬には氷河の意図が全く理解できなかった。 やがて、何かが疼くような感覚が、瞬の身体の内側に生まれてくる。 その感覚に黙って耐えていることができなくなり、瞬は身をよじって、氷河の手から逃れようとした。 氷河の手が瞬の動きを封じ、それでも身悶え続ける瞬の身体を、氷河が彼の身体の重みで押さえつけようとする。 氷河が自分に何をしようとしているのかを理解したわけではない。 ただ瞬は、氷河の氷河らしからぬ力任せの所作に恐怖を覚え、叫んでしまっていた。 「やだ、やめて……!」 瞬の悲鳴に、氷河が冷笑で答えてる。 「おまえを俺のものにすれば、俺はすべてを手に入れることができる。すべてをだ」 氷河の唇が瞬の喉許に押しつけられ、更にその唇の間から忍び出た舌が瞬の喉を舐めあげた。 「これが男の喉だと」 氷河の嘲笑が低く響く。 「ハーデスが綺麗なもの好きでよかった。おまえが純粋な魂を持っているだけの醜い子供だったなら、いくら俺でも触れたいとは思わん」 「ひょうが……」 「おまえは綺麗だと褒めているんだ。喜んで足を広げるくらいのことをしろ」 「氷河……!」 「おまえも そう嫌なわけではないんだろう? おまえは昔から俺を慕っていたし……意地を張ろうとしても無駄だ。わかるぞ。この肌、俺に触れてくれとせがんでいるような肌だ。もう感じ始めているな?」 「あ……あ……」 何を感じ始めていると、氷河は言っているのだろう。 絶望を、なのだろうか。 今 瞬の唇を貪り、瞬の身体の線を確かめるように手の平を押しつけ、撫でまわし、瞬をその重みで押し潰そうとしている氷河は、瞬の知っている氷河ではなかった。 村で共に暮らしていた頃、氷河は瞬にいつも優しかった。 あまり積極性に恵まれているとは言い難く体格でも人に劣っていることは、一人で生きようとする者には著しく不利なことで、瞬はいつも氷河に助けてもらっていた。 その親切に何も報いることができないことを嘆く瞬に、氷河が求めてきたものは笑顔だけだった。 会えずにいた2年の間、氷河は幾度か、『早く背を伸ばして、聖域に来い』とからかうような手紙を行商人に託して、瞬の許に届けてくれていた。 その末尾にはいつも『おまえに会いたい』という言葉が綴られていた。 この2年間、会えずにいた分だけ、瞬は氷河を慕う心を更に深めていたのである。 その氷河が、本来は瞬のものではない力を我が物にするために、瞬を傷付け、自らの支配下に置こうとしている。 これは何かの間違いだと、瞬は思ったのである。 でなければ、 それは、ハーデスに出会ったことよりも呪わしい悪夢だった。 氷河が、瞬の中に入ってくる。 これが『氷河のものになる』ということなのか。 自分は氷河のものにさせられてしまったのか。 瞬は悲しいばかりなのに、瞬の身体は我が身に侵入してきた氷河を絞め殺そうと無駄な足掻きを続け、氷河は思いがけず与えられた反抗という名の快楽を喜ぶように、瞬を責め続けた。 そんなことをして、最後には二人の内のどちらかが勝利を得ることにでもなるのだろうか。 やっと氷河が果ててくれた時、彼の同情を求めてその名を呼び、彼にしがみつき続けていた瞬は、とうの昔に意識を失ってしまっていた。 「氷河は世界を支配したいの……」 瞬は、その時から、氷河の他に誰も訪れることのない 森の奥の城に閉じ込められることになった。 それが人と人の欲をぶつけ合う性交という行為だと、氷河が親切顔で教えてくれた行為を日々繰り返すために。 |