北の国はおそらく世界でいちばん広い領土を持った、世界一の大国です。 人口も多く、地下資源も豊富、文化芸術活動も盛んで、工業技術のレベルも世界一。 国の正規軍は王宮を警備する近衛隊くらいしかないのですが、ひとたび戦となると、召集できる兵の数も世界一だったでしょう。 平時は地下資源採掘現場で働いている屈強な男たちが、国家の大事となれば そのまま兵になる仕組みができあがっていたからです。 そんなわけで、北の国は、経済・文化・科学・軍事等、あらゆる面で世界第一等の国だったのです。 ですが、そんな北の大国にも、たった一つだけ欠けたものがありました。 国の位置が極北に近いところにあり、気候が大変厳しいため、農作物の生産に限界があり、北の国では、どう工夫しても食料の自給自足が不可能だったのです。 国民が飢えないためには、他国からの食品輸入に頼るしかありません。 かつては、そんな国情を憂い、南方の地を自国の領土にしようと他国の侵略に走った歴史もあるのですが、やがて、そういった侵略戦争は自国・他国の共倒れを誘うだけだと悟った北の国はすみやかに方向転換。 外交で他国との良好な関係を保ち、交易によって食料を確保する――というのが、ここ100年 北の国が推し進めている路線でした。 バナナが食べたいからといってバナナを生産している南の国の侵略を企てたら、北の国は自国からバナナの国の間に横たわるメロンの国やリンゴの国やオレンジの国をも侵略して、軍事輸送路を確保しなければなりません。 そんなことをしていたら、北の国の住民がバナナを食べられるようになるまでに何年かかることか。 そんなに長く待つくらいなら、メロンの国ともリンゴの国ともオレンジの国とも仲良くして、南の国からバナナを運ぶ道を確保した方が賢明というもの。 そうすれば、バナナだけでなく、メロンもリンゴもオレンジだって手に入りますからね。 結局のところ、『みんな仲良く』が共存共栄の唯一の道なのです。 そういうわけで、北の大国では、代々の王様がメロンの国やリンゴの国やオレンジの国やバナナの国の王女様と婚姻関係を結び、他国との友好関係を維持するのがお約束のようなものになっていました。 ところが、そんな北の国に、ここにきて そのお約束に逆らう王子様が一人現れたのです。 その名を氷河王子。 氷河王子はつい先頃 成人したばかりで、まだ結婚しろ結婚しろとつつかれるような歳でもなかったのですが、王家の一員ともなると、平民の家庭とはまた色々と事情が違ってくるのです。 重臣たちが心配するのにも、もっともな事情がありました。 氷河王子は大変美しい方でしたし、身体も鍛えてあり、武勇にも優れ、身分柄それなりの教養もあって、まあ一国の王子様としては申し分のない王子様でした。 けれども、氷河王子には難点が二つあったのです。 一つは、一国の王子様にはありがちなことでしたが、性格が素直とも従順とも思慮深いとも言い難く、どちらかといえば唯我独尊、ゴーイング マイ ウェイ、そして少々我儘であるという点。 そしてもう一つ。 これは氷河王子の不幸なお育ちのせいでしたが、最もお母様が恋しい年頃にお母様がご病気で亡くなったため、氷河王子はとんでもないマザコンだったのです。 亡くなったお母様のように美しく、亡くなったお母様のように優しく、亡くなったお母様のように上品で気高く、亡くなったお母様のように聡明で、亡くなったお母様のようにペン回しが上手くて、最低でも そこはそれ、大国の王子様ですし、外見も美しかったので、氷河王子のおきさき様になりたいという姫君は星の数ほどもあったのですが、容姿チェックの段階でみな落第。 メロンの国のお姫様にもリンゴの国のお姫様にもオレンジの国のお姫様にも、氷河王子は、その肖像画を一瞥しただけで、『問題外』を食らわせておりました。 とはいえ、とにかく氷河王子には どこかの国の姫君と結婚してもらわなければなりません。 北の国の王様は、必ず他国の姫君を妻に迎えて、他国との共存共栄路線を堅持している態度を内外に示さなければならないのです。 それが北の国の王様とその後継者の神聖なる義務。 ですから、北の国の大臣たちは、氷河王子の突きつけてくる花嫁の条件に、大変苦慮していたのでした。 |