事態を憂えた大臣たちは、そうして一計を立てることにしたのです。
氷河王子のお母様はバナナの国のお姫様でしたので、その息子である氷河王子のおきさき様には、遺伝学の見地からしても、メロンの国のお姫様かリンゴの国のお姫様かオレンジの国のお姫様の方がよいことはわかっていたのですが、この際贅沢は言っていられません。
氷河王子の愛してやまないお母様の故国であるバナナの国の王室のお姫様なら、氷河王子のお母様に面影の似たところもあるのではないかと、北の国の大臣たちは考えました。
そして、彼等は、バナナの国のお姫様――氷河王子の またまたまたまた従妹に当たる姫君――に白羽の矢を立てたのです。

大臣たちは、早速北の国の宮廷画家をバナナの国に派遣しました。
北の国に足りないものは食料だけ、文化芸術のレベルも世界一、細密肖像画の画家の腕前も北の国が世界一でしたからね。
そうして1ヶ月後、バナナの国のお姫様の見事な肖像画が、無事に北の国に届けられました。

結婚なんて、新たな義務と責任だけを自ら背負い込み、自由を失うだけの行為。
そんなことはできるなら一生したくないという考えでいた氷河王子は、今回も例のごとく『問題外』を食らわせるつもりで、届けられた肖像画を見にいったのです。
全く その気なしでいた氷河王子は、けれど、その肖像画を目にした途端、電撃に打たれたような衝撃を受け、問題の絵の前で硬直してしまったのです。

結婚は面倒くさいだけ、自由を失うだけの愚行と決めつけていた氷河王子。
でも、それはその絵の姫君を見る前のこと。
この姫君を自分の側に置き、独り占めする権利を得ることができるのなら、結婚するのも悪くはない――と、氷河王子は突然宗旨替えしてしまったのです。
届けられた肖像画に描かれた姫君は、それほどにどんぴしゃで氷河王子の好みのタイプだったのでした。

バナナの国の姫君は、歳の頃は、17、8。
お陽様の光のように輝く金色の髪、春の空のように優しく青い瞳、上品で清楚な白いドレス。
肖像画の姫君は、純白のバラの蕾のように可憐で清楚で美しい姫君でした。
「この国の王家に生まれた者は、どうせいずれは結婚しなければならないんだしな……」
これまで周囲に示してきた態度が態度だったので、突然身を乗り出して『俺は今すぐ この姫君と結婚する。明日にでも結婚したいぞー!』なんて騒ぐわけにはいかなかったのでしょう。
氷河王子は、渋々譲歩するふうを装って、いかにも気乗りしていないような口調でそんなことを言いました。
そのくせ、視線は肖像画の姫君の姿に釘付けです。

氷河王子に結婚してほしい大臣たちが、氷河王子のそんな様子を見て 色めきたったのは言うまでもありません。
「そうですとも。どのみち、北の国の王様になる者は いずれかの王家の姫君と結婚しなければならないんです。自由な結婚はできないことになっているんです」
「そうそう。王子様ほどの色男が、実はただの面食いで、肖像画の姫君に一目惚れしたなんて、誰も信じません。ここは国益のために我慢していただかなければ!」
氷河王子のひねくれた性格を知っている大臣たちは、それぞれが 実に適切な言葉で氷河王子を煽りました。
大臣たちの声が聞こえているのかいないのか、氷河王子は相変わらず無言で肖像画に見入ったまま。
これは本物です。

氷河王子の気持ちが変わる前にと、大臣たちは迅速に行動を開始しました。
まずは、バナナの国の王室に贈り物を山のように持たせた使者を送り、王女様に北の国への訪問を願い出るところから。
二代続けて北の国がバナナの国の姫君を王妃に迎えることで周辺諸国に疑心暗鬼を生まないように、慎重な根回しも怠ることはありません。
バナナの国の姫君を迎えるために、姫君の好みを調査し、王宮の家具や調度も新調。
姫君到着の日の歓迎会の用意もぬかりなし。

北の国では、これは国の存続がかかった大事なイベントでしたので、ほぼ完璧なマニュアルができており、各方面での手落ちはありません。
未来の王妃を迎えるための準備は着々と進行し、その準備が万端整った頃、ついにバナナの国の姫君が北の国の都に到着したのです。






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