その日、氷河王子の出で立ちには気合いが入りまくっていました。 今回の姫君の訪問はまだ非公式のものだというのに、滅多に身につけない正装で、柄に宝石の飾りのついた剣を 相変わらず不承不承の 会見のための広間に入ると、氷河王子は、その中央に控えているバナナの国一行に視線を投げながら、この会見を取り仕切った外務大臣に尋ねました。 「どこだ、あの姫はどこにいる」 王女様のお供で北の国にやってきたバナナの国の者たちは、正直、随分間の抜けたことを尋ねる王子様だと思ったのです。 バナナの国の姫君は、一行の最前列中央に ひときわ豪華なドレスを身につけて、お澄まし顔で立っていたのですから。 ですが、王子様が姫君に直接声をかけないのは、北の国の王宮のマナーなのかもしれないと考えて、彼等は沈黙を保っていました。 そんなマナーなどないことを知っている北の国の外務大臣が、慌てて豪華なドレスの姫君を指し示します。 「姫君のあまりの美しさに、王子様は目が眩んでしまいましたかな。こちらが、はるばるバナナの国からお越しくださったエリス姫でございます」 「どれが」 「ですから、そちらが。王子様の正面5メートルのところに立つ白いドレスの女性です」 そこまでされて、氷河は、自分の正面に立つ、いかにもお姫様な表情をした姫君の上に視線を向けることになったのです。 数秒の沈黙の後、氷河王子は、訝しげな顔をして、訝るような声で、独り言のように呟きました。 「……これがあの肖像画の姫だというのか?」 エリス姫の名誉のために言っておきますが、エリス姫は大変美しいお姫様でした。 あの肖像画に描かれていたように、お陽様の光のように輝く金色の髪と春の空のように青い瞳を持ち、上品で上等の白いドレスを身につけていました。 ですが、氷河王子は、失望したように頭を左右に振ったのです。 「俺が会いたいのは、こんな高慢ちきそうな顔をした女じゃなく、あの肖像画の姫君だ。清楚で優しげで品があって可憐な――あの絵の姫君だ」 今 氷河王子の目の前に立つエリス姫は、氷河王子の目には、あの肖像画の姫君とは全く違うものに映っていたのです。 「別人だ。肖像画と全く違う」 「そんなことはありません。似ておいででしょう。金髪で青い目で、背は高からず低からず、中肉中背、どこから見ても、あの肖像画の姫君です」 大臣が慌てて氷河王子に進言します。 大臣の言うことは決して、その場をごまかすための おざなりな出まかせではありませんでした。 エリス姫は確かに、大臣の言う通り、『金髪で青い目で、背は高からず低からず、中肉中背』、肖像画の通りの姫君でした。 ですが――言ってみれば、その部分しか似ていなかったのです。 『金髪で青い目で、背は高からず低からず、中肉中背』のところしか。 肖像画の姫君とエリス姫では、その表情や仕草から受ける印象が全く違っていたのです。 「違う」 わくわくしていた気持ちが急激に萎えてしまったのでしょう。 氷河王子の表情から目に見えて やる気が失せ、投げやりな態度があからさまになります。 その変化に外務大臣は大層慌てることになったのですが、氷河王子はそんな大臣の立場を思い遣ったりするような王子様ではありません。 氷河王子は、エリス姫に一言の言葉をかけることもなく、遠路はるばる北の国までやってきたバナナの国一行に ねぎらいの言葉を告げることもなく、不愉快そうな足取りで会見の場から立ち去っていってしまったのでした。 |