「まずいまずいまずい」
氷河王子の神への誓いを聞き、問題の肖像画のモデルの正体を知っている者たちは大パニックを起こすことになりました。
つまり、バナナの国の王女と氷河王子の結婚を画策した大臣たちは。

実は、氷河王子の許に届いた肖像画はエリス姫を描いたものではありませんでした。
氷河王子のお母様が嫁ぐ前の肖像画を写し取り、今ふうのドレスを身に着けさせた、いわゆるリメイク、ある種の二次創作だったのです。
氷河王子をその気にさせようと思ったら、氷河王子の最愛のお母様の力を借りるしかないと、大臣たちは考えたのです。
氷河王子のお母様とエリス姫は、非常に微かではありましたが血のつながりもありましたし、髪の色や瞳の色も同じ、全く似ていないということもありません。
ともかく氷河王子をその気にさせることが第一、二つの国が二人の結婚に向かって動き出したら、氷河王子も観念するだろうと安易に考えたのが、間違いのもとでした。

氷河王子はもともと結婚の意志がなく、あの肖像画の姫君だからこそ、その気になったのです。
やってきた姫君があの絵の姫君でなかったなら、たとえ剣を突きつけられて脅されたところで、氷河王子が意に添わぬ結婚に同意するはずがありません。
氷河王子は、そういう王子様でした。

確かに、大臣たちの計画は彼等の思惑通りに進みました。
大臣たちは、氷河王子に『結婚してもいい』という考えを初めて抱かせることに成功したのです。
ですが――死んだ者とは結婚できません。
生きていたとしても、相手が実の母親なのでは、それは到底無理な話。
けれど、神への誓いを破ったら神の怒りを買い、この国が滅ぶことになってしまいます。
こうなると、肖像画のモデルではないエリス姫との結婚を氷河王子にごり押しするわけにもいきません。
神はすべてをお見通し。
そんなことをしたら、氷河王子は神への誓いをたがえたことになり、やはりこの国は滅んでしまうでしょう。
国のためを思い へたな小細工をしたために、かえって国を窮地に追い込むことになってしまった大臣たちは、揃って頭を抱え込むことになってしまったのでした。


ところで、氷河王子は、決して軽弾みで軽率な誓いを立てたつもりはありませんでした。
うるさい大臣たちを静かにさせたいとは思っていましたが、氷河王子とて、好んで故国を滅ぼしたいわけではなく――ただ彼はどうしてもあの肖像画の姫君と結婚したかったのです。
自分はあの肖像画の姫君以外の人を愛することはできないと、運命のような強さで感じたからこそ、氷河王子はあの誓いを立てたのです。

ですから、氷河王子は、翌日早速、自分の恋を叶えるための行動を開始しました。
まずはカミュのところに行って、モデルの正体を探るところから。
北の国の都の外れにある宮廷画家の工房に、氷河王子は愛馬に乗って颯爽と出掛けていったのです。






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